「文章はリズムだ。」
先日、「noteはスマホユーザーが多い。多くの人に読んでもらうためには、スマホ画面からの見やすさを考慮して、ぜひ改行の多用を。」との投稿を目にした。それまで考えたこともなかったから、新たな視点を教えられたが、かといって自分が改行を取り入れていくことはまだ考えられず、ジェネレーションギャップを少し抱いたままだ。そして、その時に思い出した言葉が今回のタイトルになっている。
30代の半ば、広報の部署に所属していたことがある。一年目はなぜか仕事を任せてもらえず、退屈を紛らわせるために広報系の書籍を読みあさったり、都内で開催される研修などに参加する日々が続いた。その時に宣伝会議が主催する「ライター講座」なるものにプライベートで参加したことがあった。詳細は覚えていないが、週末だけの講座を8回程度、2ヶ月位の期間だったように思う。
その時の女性講師の一人が開口一番に言い放ったのがその言葉だった。一瞬、「音楽はリズム」の間違いじゃね? と思ったが、講師曰く、「リズムのいい文章はすぐに頭に入ってきます。逆に、何度も読み返さないといけないのは、リズムの悪い文章です。極端に言えば、リズムのいい文章は句読点がなくてもすらすら読めるんです」。ふーん、そんなものかな。
かのライター講座は、確か講師が毎週入れ替わり、時々テレビで目にする面々もいて、それなりに内容は充実していたという印象はある。しかし、50歳を超えてもなお思い出すのは、「文章はリズム」という一点だ。要は刺さるもの、刺さらないものがあるということだろう。
それ以来、ものを書く時は「リズム」を必ず意識するようになり、今のライティングスタイルにつながっていると思う。職場の後輩が読みづらい提案書を持ってくるたびに、最低限の修正を加えながら「文章はリズムが大事だと思うよ。」と言ってみる。でも、たいてい、頭の上に「?」が浮かんでいる表情を返される。それ以上は言わない。刺さるも刺さらぬも、個人の感性だからだ。
ビジネス文書にまでリズムは必要ないと思うものの、上司がさらにその上の上司に提案書を出すときなど、「僕の思いをここに全部書いてある。だからいつもみたいに、さくっときれいに直してくれない?」と頼まれる。私はこの「さくっときれいに」は「リズムのいい文章に」ということだと思って応じている。前後の単語を入れ替えたり、別の言葉に置き換えたりしながら修正したものを戻してあげると「さすが♪」と上機嫌なのも、私の解釈があながち間違いではない証拠だろう。