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【興味深い話 1】「石塁」と「防塁」の違い

皆さんは、中学の歴史で「石塁」や「防塁」と習ったこと、覚えてますか?
私はもちろん記憶にないです😇
知らない人も多いと思いますが、ちょっと軽くおさらい程度に。
…とまぁ、大部分の人の脳で消されつつある石塁くんですが、厄介なことに「防塁」という言葉もあります。
ちょっと手にとって詳しく見てみましょう😉

まず、石塁とはそもそも何か?
鎌倉時代(1274年)、朝鮮からの襲来を見込んで作った石壁
まったく字の如くですね。

次、防塁とは何か?
鎌倉時代(1274年)、敵を防ぐために作った土壁

???

時代背景は鎌倉時代襲来時と共通、以降の文は何が違うのやら?🤷
さっきの文じゃそっけないのでもうちょい深く掘り下げてみます。

石塁

予測される敵の侵攻がもっと先で、時間的余裕がある場合に作る。
石を運んできて積み上げて壁にする
いわゆる簡易版石垣ですね🤔
これなら長持ち💪
敵襲が何年先か分からないような場合に作るんやね😗

防塁

城壁ほどきちんと造った物ではない応急的なもの
攻撃が予測される所に地面を掘る
       ↓
掘った土を突き固めて壁を造る。 =土塁
地面を掘った場所はそのまま空堀になる。
意外と長持ちするけど 土だけに雨で溶けちゃう🫠

なるほどー。
なんか途中で「土塁」ってのが増えてましたね
大雑把に分類すると、

だいぶ大雑把に分けたヤツ


こんな感じです。石塁も防塁のうちって感じだね🤔


どうですか?違い、納得いきましたか?

先ほど、鎌倉時代の襲撃と言いましたが一体何なのでしょうか?
      ↓
文永の役・弘安の役と呼ばれる「元寇」=襲来 
石塁は九州北部沿岸(博多湾)に造ったのが代表的!きっと問題集に出てたはず。📖

ここまで読んでくれた皆さんに、ちょっとテスト。
Q.元寇襲来(文永・弘安の役)は何年に起きた?



A.1274年 

最初の方に書いてますよ〜💦
できた方、ナイスです👍
私の頃は問うに無し1274 文永弘安の役 と語呂つけましたよ😉


そんな感じで、今日はおしまいです。

最近肌寒くなってきていますので、どうか風邪を引かずにお気をつけて。





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