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『パブリックブック』を読んで

毎日暑いですね。世間は夏休みに入りました。
もちろん私は夏休みがお盆休みという名称に代わって久しい年齢なので、あくまで「世間が」というだけのことです。

皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

今日は「夏休みといえば」ということで、読書感想文を書こうと思います。
タイトルもベッタベタの読書感想文風にしてみました。

注意:このnoteは短編集『人類最強のときめき』(西尾維新)に収録されている『人類最強のよろめき』のネタバレを含みます。



ではネタバレ緩衝地帯として、私個人の自分語りを少し。

「紙の本」などというレトロニムが、それを愛好する人々の間で眉をひそめられるようになって何年経ったことだろう。
この言葉が定着したのかどうか、私の観測範囲ではサンプルが少なすぎて定かではない。

しかし少なくとも、この持って回った言い方が「電子書籍」に対応する呼称であることは、今のこの令和を生きる日本人であれば概ね同意してもらえることと思う。

かくいう私は先月、その「紙の本」なるものを購入することを一旦やめてみて、「電子書籍」を購入し始めた。
一旦、などという表現をしてみたものの、そう思っていたのは最初の2冊目くらいまで。恐らくもう戻ることはないだろう。
ごめん、同級会には行けません。シンガポールにはいないけど。

以来、私の読書ペースは格段に上がった。
この物語と出会い、そしてその内容に氷塊を一個丸飲みしたような局所的な冷たさを感じたのは、やはりそんな状況も大いに関係があったのだろう。

さて、いい加減良い加減だろう。ここからが本題。


『パブリックブック』は世界一面白い小説である。
ジャンルは何かとか、言語は何で書かれているかとか、誰にとって一番面白いかとか、そういう議論は成立しない。
なぜならパブリックブックはそういうものだから。

と、元ネタを読んだ人ならこれで話の枕としては十分なのだが、一応注意書きと緩衝地帯を乗り越えてきた未読の方にご説明。

『パブリックブック』は『人類最強のよろめき』の中に登場する本である。
ある意味では作中作ということになるが、その内容は本文中に一文字たりとも触れられていないため、私は読んだことがない。
作品中には試作品と完成品が登場するが、完成品の方は若干説明が難しいので、試作品の説明だけしようと思う。

この本は電子書籍で、しかも読者が本を手に取るまでは、一文字も書かれていない。
そりゃ"電子"だから"書かれて"はいないよね…などというとんち話ではない。
「読者の様子をカメラからの映像と端末に触れている手の脈拍・発汗などから観察し、その人にとって最も面白い小説をリアルタイムで執筆していく」という、現時点ではフィクションの産物としか言いようが無い代物なのである。

これが実現してしまったからには当然ながらあまりにも面白くて、いや別に面白いならそれでいいじゃん、いやいやそれがあまりにも面白すぎてちょっと問題が…と『人類最強のよろめき』の方の物語は展開していくのだが、今回の主題はそこにはない。
世界一面白い小説の"製作者"と人類最強の"請負人"による対決の行方はキミの目で確かめてくれ!


さて、私がしたいのはCMのパロディでも攻略本のパロディでもなく、『人類最強のよろめき』の読書感想文でもない。
あくまで『パブリックブック』のお話だ。

もちろんこんなものは今のところ実在しない。
私が生きている間に実現するかどうかも怪しいだろう。
そもそも作ろうとする人が現れるかどうか。

しかし少し視点を変えれば、『パブリックブック』的な物は既に世の中にあふれている。

例えば動画。一つ動画を見終われば、あるいは見終わらなくとも指先で軽くスワイプすれば、次の動画に切り替わる。
そしてそうやって視聴・操作を繰り返した結果、その人の趣味嗜好を取り込んでさらにオススメする動画がピックアップされていく。

例えばSNS。TLなのかなんなのかよく分からない"おすすめ"とかいうタブに、フォローしたのかしてないのかもよく分からない人の呟きが流れてくる。
いいねを押したり、リプ欄を眺めたり、流されるままにしているといつの間にかつぶやきが更新される。
そしてその流れの中に放った自らのつぶやきも、誰かにとってのデータと化す。

不覚にも「オススメの強制力が強すぎるエンタメ」に対する嫌味が続いてしまったが、別にこれは最近のスマホアプリに限った話でもない。

例えば読書。
これにしても"消費するものを自ら能動的に選んでいる"と自信を持って言えるようなものではないだろう。

〇〇賞を受賞しただとか。
誰かが面白いと言ってたとか。
別の本の中で引用されていたとか。
アニメ化とかドラマ化とか映画化とか。
過去に読んだ作家の新作だとか旧作だとか。
タイトルまたは表紙が書店で目に留まったとか。

人が本を選ぶ基準なんてその程度だ。それが悪いことだとは言わない。
むしろこれ以上に何か高度な、高尚な、あるいは高次な理由で本を選んでいるという方にはぜひご高説願いたい。

大多数の人間にとって、本は娯楽である。選び方にルールなどない。
しかし、いやだからこそ、あなたが手に取ったその本、「誰かが操作した結果ではない。自分で選んだものだ」などと、どうして断言できるだろうか。

このiPadが『パブリックブック』ではないと、誰が保証してくれるというのだろうか。
いや、さすがにそれは保証されるまでもないけれど。


くどいようだが、このnoteはタイトルの通り『パブリックブック』の読書感想文である。
ただしそれは、本来書くことができない。

「明日朝早いけどもうちょっとだけ読もう」という経験は、まぁ誰しもあるかはさておき私にとってはありふれている。
『パブリックブック』はそんな次元ではなく面白い小説が、自動的に延々と書かれ続ける。"読み終わる"ことはできない。
ネバーエンディングストーリーの字義に則るなら、まさにこれがそれだ。

ふと、「これってもしかして、面白すぎる人生でも成立する話かな」と考えてみた。
残念ながら人生の場合は面白くなかろうと次のページは勝手に書かれてしまうわけだが、『パブリックブック』なら面白さは折り紙つきだ。

あなたの人生に読者はいるだろうか。
そんな尊大で壮大な生活は送っていないと言うかもしれないが、他ならぬあなた自身、あるいはもう少しだけ限定して、あなたの脳は『あなたの人生』の筆頭読者だ。

ここで連想されるのは「水槽の脳」というこれまたSFチックなお話の一つ。
水槽の脳のことは今から解説する気にはならないし、割と一般的な小話なので各自で補完してほしい。

「パブリックブックを読み続ける人」と、「人生という物語の夢を見ている水槽の脳」、果たしてそこに違いはあるのだろうか、というちょっとした思い付きをした、というだけのお話なので。

人間というのは結局、紀元前からずっと水槽で溺れ続けている胡蝶でしかないのかもしれない。
話が混ざりすぎて、いささか悪趣味なエンディングを迎えてしまった。
『パブリックブック』ならここからどう加筆して蝶を助けるのだろうか。
あるいは蝶はもう助からないのだろうか。



というわけで、読書感想文を書けないはずの小説『パブリックブック』の読書感想文を書くという試みでした。

毎日暑いですね。世間は夏休みに入りました。
もちろん私は夏休みがお盆休みという名称に代わって久しい年齢なので、あくまで「世間が」というだけのことです。

とは言え時節柄ちょうどいいのは事実です。
読んでもいない本の読書感想文をでっち上げるというのも、この時期にはよくある、なんてことないお話の一つに過ぎません。

こんな内容で『パブリックブック』を名乗られてしまっては、千年の恋も醒める幻滅、という他ありませんが。
あれも一度は読んでおきたいなぁ。

それではまた。

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