【ショートショート】「三文字の手紙」/シロクマ文芸部"金色に"
金色に映える前方の光が一点に集中するほど、我々は急速に人間の世界から遠ざかる。
光速の99%で航行する宇宙船の中で見える最先端の光景を体験しているのに、思い出すのは少年時代に見た、風にたなびく垂れ込めた稲穂の波とは不思議なものだ。
君とよく遊んでいた時のことを思い出す。
そして、君が不治の病に侵されて眠りにつく直前のことを。
「いい?宇宙船に乗ろうなんて思わないでよ?」
相当病状が進行している中で、君は声を精一杯張り上げた。
「……は?何のこと?」
観察眼の鋭さに内心舌を巻きながら、知らないふりをして答えた。
「とぼけないでよ!あんたが危険な目に遭って、死ぬかもしれない旅に出て。そんなんで助かろうなんて、私これっぽっちも思ってないからね!」
これ以上叫んだらいけない。病気に障る。
「大丈夫だよ。安心して休め」
俺は君の手に一枚の紙を置いた。
「イヤ!待って…まだ言いたいこといっぱいあるんだ…から……」
その言葉を最後に、君は長い眠りについた。
君が冷凍保存されると知った時、俺は決意した。
君の病を治す素材があると言われている、惑星 ”プロキシマ・ケンタウリb” へ行くことを。
地球から最も近い太陽系外惑星にその素材があったのは幸いだったかもしれない。
AIによる重力制御装置が常に1±0.3Gで安定させることによって、加速も減速も瞬時に行えるようになった宇宙船。
これなら目的地まで4年半ほどで到着できる。往復で約9年。
しかし帰って来た時、地球では60年以上が経過している計算になる。友達に会えたとしてもかなり高齢になっているだろう。
おそらくもう父母には会えないだろう。
それでも君が助かるのであれば……。
※
地球の研究者にとって滅多にない機会である。
今回の任務は地球では手に入らない鉱物、中でも細胞再生能力があるパナケサイト(panakesite)を入手すること。
地球に持ち帰れば医療の発展に大きく寄与し、これがあれば君も必ず回復する。
困難を極めたものの、無事入手に成功した。
すぐに地球へ向けて移動を開始したが、帰還した時はすでに地球時間で65年の時が経っていた。
鉱物採集の功労者として、私の願いは真っ先に受け入れられたが、薬が完成するには数年かかるらしい。
※
65年の歳月は見るものを一変させていた。
馴染みのない発展した社会。その眩しさが覆い隠す荒廃した自然環境。
少年時代の記憶はもう過去の幻となっていた。
故郷の墓地に眠る父母を訪ねた。
「不義な息子ですいません」
温かく優しい大きな心で、私を健やかに育ててくれた両親。
宇宙船に乗る決意をした時、
『俺たちのことは気にするな。お前にしかできないことだ。行ってこい!』
笑顔で送り出してくれた父。
涙を堪えて抱きしめてくれた母。
父母の墓を見たとき、様々な思い出が浮かんでは消え、消えては浮かび……。
そのすべての思い出で二人は笑っていた。
私にいつも笑いかけていた。
自分の決めたことに後悔はないと言い切れる。
それなのに……
嗚咽が止まらなかった。
涙が枯れても、ずっと止まらなかった。
※
更に5年の月日が流れた。
あの日と変わらない君が目を覚ました。
あの日から15年ほど齢を重ねた俺が見つめる中で。
あの日から70年ほど経過した世界で。
目が覚めて俺の顔を見るなり、君は無表情で口を開いた。
「あの時言い足りなかったことを言っていい?」
「ああ、いいよ」
「……バカ」
「……」
「ずっと未来で生き返ったって、誰も知ってる人いないじゃない!お父さんもお母さんも、もういないんでしょ?」
君の涙が俺の心に突き刺さる。
その時、君は手の上にある紙に気付き、それをめくった。
たった三文字のお母さんからの手紙。
筆跡を確かめるように、温もりを探すように、君は何度も手でなぞった。
そして声にならない声で君は泣き叫んだ。
その中で確かに聞こえた言葉。
「……あ…り…が…と…う……」
君の涙が金色に光った。
あの日の稲穂のように。
終
参考までに
プロキシマ・ケンタウリb
地球から4.2光年ほど離れた場所にある、実在の惑星ですが、医療に使える鉱物の存在はフィクションです。
パナケサイト(panakesite)
私が考え出した完全にフィクションの鉱物です。
時間の遅れ
宇宙船が光速の99%の速さで進むと、宇宙船内の時間経過は地球の1/7になるそうです。
こちらに参加させていただきました。いつもありがとうございます!
宇宙系のことを考えるのが好きで、こんなお話にしてみました。
よろしくお願い致します☺