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【ショートショート】「当たり付きアイス」~古蓮町物語シリーズ②~

 初めて来た街。
 アスファルトやビルの照り返しがない、純粋で清々しい暑さ。稲穂の上を波のように渡る風。
 暑さも風に乗ってやってきて、風と共に過ぎ去って行くような心地良さを感じる。

 田畑の間を縫うように続く畦道あぜみち。こんもりと生い茂る森の緑。
 その一角にたたずむ赤い鳥居は、冒険の始まりを感じさせる。

 それなのに私、迫沼美森さこぬまみもり(10歳)は、店番をしなければならなかった。 
 おばあちゃんは近所の人と隣の部屋で、漬け物を囲んでお茶をすする女子会の真っ最中だ。
『もし誰かがアイスで当たりが出たらね、遊びに行っていいよ。そのうち店番してておくれ』
 おばあちゃんにそう言われていた。

「ねぇ当たった?」
 私が期待を込めて聞くと、男の子は口をへの字に曲げた。
「はずれたよ。さっきから何なの? もし俺が当たったからって、お前に関係ねーじゃん」
 白いタンクトップに茶色い短パン姿の男の子は口を尖らせて大きな声を出した。
 駄菓子屋『羽屋はねや商店』の店先には、ジュースやビールのケースを裏返しただけの椅子が何個か置かれていて、買ったものを食べることができるようになっている。ところどころに日差しを遮るビーチパラソルも置いてあった。
「誰かが当たればね、私、店番から解放されるの」
 男の子は一瞬私を見たが、「ケッ」と言うと立ち上がった。
「だから? 俺に何の関係もなくね?」

 まぁそういう反応になるよね。
 私が店番から解放されても、この子には何のメリットもないのだから。

 でも、遅くなればそれだけ冒険の時間が少なくなる。少しでも早く誰かに当たって欲しい。
 そう簡単に当たらないし、何よりお客さんがほとんど来ない今の状況。来てくれた人にお願いするしかない!『もっと買って作戦』を開始しちゃおう!

「当たったら私、店番が終わるから、そしたら一緒に遊ぼうよ」
 男の子の顔がみるみる赤くなった。
「お……お前と遊ぶって? だからって、な……なんだよ」
 男の子は顔をプイッと横を向けたが、手がモジモジしている。
 作戦成功かも。よし、ダメ押ししちゃおう。
「私、昨日ここに来たばかりで、この辺のこと知らないから案内して欲しいな」
 上目遣いで男の子にお願いしてみた。
「こ……このアイス、バニラとチョコがあるんだろ? 今バニラを食べたからチョコもくれよ。お……お前と遊びたいからじゃないからな! このアイスが美味しいからだからな!」
 男の子はぶっきら棒にポケットからお金を出したが20円足りなかった。
「い……今すぐに戻って来るから、そこで待ってろ!」
 男の子は風のように走り去った。

 20円くらいおまけしても良かったなぁ。
 そう思ったりもしたけれど、おばあちゃんに言い訳するのも面倒くさいし……。

 私はそんなことを考えながら、男の子が戻って来るのを待っていた。

 太陽が燦々と照りつけている。
 近くの木の茂みから蝉の鳴き声がうるさいくらいに聞こえてくる。

 暑いなぁ……。

 すると、少し風が吹いてきた。
 店の風鈴がチリンチリンと音を鳴らす。
 目を閉じてその音に耳を傾けた。
 蝉の声さえも涼しく聞こえた。

「すいません、アイスください」
 あ、戻ってきた!
 そう思って声の方を見ると、そこには違う男の子が立っていた。
 青いTシャツに黒い短パン。手には買い物かごを持っていて、中にあるひき肉が見え隠れしている。

 おつかいの帰りかな? 多分私と同じくらいの年齢だろう。

「当たり付きのアイスが一番人気ですよ」
 さりげなく勧めてみた。
「当たったらもう一本もらえるの?」
 私はコクンとうなずいた。そのついでに今日限定のスペシャルサービスも発表する。
「そして当たったら私と遊ぶことができます!」
 少しおどけた感じで言ってみた。

 こんなことを言ったら、男の子はまた照れちゃうかな?

 そう思ったけれど、この子は目を開いて私をマジマジと見ると「ホントに?」と聞き返してきた。
「うん。私、昨日来たばかりで友達いないから誰か遊んでくれる人を探しているの」
 そして私はさっきの子にしたのと同じ説明を繰り返した。
「そっか、店番かぁ。僕も来たばかりで遊ぶ人いないんだ」
「え?そうなの? 私と遊ぼうよ!」
「うん!じゃあ僕が当ててあげる。バニラの方を買うね!」

 食べている間にお話をした。
 名前は小畑琉おばたりゅうくん。11歳の5年生。私も5年生だから同い年だ。
 お母さんの都合でおじさん家に連れて来られたらしいけれど、そんな境遇まで同じだ。私もお父さんの都合でおばあちゃん家に預けられた。

 さっきの男の子より、琉くんの方が気が合いそう。アイス、当たりが出ないかなぁ?

 串が見えてきた。
 当たりなら、もう一口で『あたり』の『あ』が見えてくるはず。
 琉くんがもう一口食べた。
 串を見てみる。

 ……何も書いてない。
 はずれだった。

「あ~~ダメだったぁぁ」
 琉くんはすごく残念そうだ。
「ダメかぁ」
 私もガッカリしてため息をついたとき、店の奥からサンダルの音が聞こえてきた。
「みーちゃん、お友達かい?」
 おばあちゃんが様子を見に来た。多分話し声が聞こえたのだろう。
「うん、小畑琉くん。おじさん家に遊びに来ているんだって」
 琉くんが「こんにちは」と言いながら少し頭を下げると、おばあちゃんはニコニコしながらうなずいた。
「お友達と遊んでおいで。店番ありがとうね」
 おばあちゃんはそう言うと、アイスケースから当たり付きアイスのチョコの方を私と琉くんに差し出した。
「店番してくれたお駄賃だよ」
「え、でもまだ誰も当たってないし……」
 早く遊びたいけど、自分のノルマを果たしていないのに任務を解かれるのは何となく嫌だった。
「そのアイス、食べてごらん」
 おばあちゃんの言葉に、私は琉くんと顔を見合わせて首を傾げた。
 袋から出して食べてみる。すると……
「あ、当たりだ!」
 2人とも当たりだった。
「あら、当たっちゃったらしょうがないね。もう店番は終わりだねぇ」
 おばあちゃんはニコニコしていた。
「おばあちゃん、ありがとう」
 私はなぜかお礼を言いたくなった。
「気をつけて行って来るんだよ」

 おばあちゃんは当たりの見極め方を知っているに違いない。後で教えてもらおう。
 でも、今はとにかく冒険だ。
 どこに行っても知らない所ばかり。

「よーし、まずは神社に行こう」

 私たちの手には『あたり』と書いてあるアイスの串が握られていた。


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