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【ショートショート】「今が歴史になった時代」/シロクマ文芸部"秋と本"

 『"秋"と本当に呼べるのは11月末になってから』

 本来の世の中ではそれが当たり前だったようだが、今年はとうとう紅葉が色づく前に散ったらしい。

 100年ほど前は、芸術の秋、スポーツの秋、読書の秋、食欲の秋などと言って、過ごしやすくなった季節を思い思いに謳歌していた。……と歴史で習った。

 しかし『秋』と呼べる期間は徐々に少なくなり、もはや何を指している言葉なのかも分からない。だから今は暦だけで形式的に季節分けして、9月から11月を『秋』と呼ぶことに法律で定められた。

 我々が自然に頼ろうとしなくなったのは何十年も前からのことだ。
 40℃を超えるのが当たり前の夏。時には50℃を超えることもあったらしい。
 一つの場所に集中して雨や雪が降りまくる冬。家屋の倒壊被害などの災害が毎年数え切れなかったと言う。
 異常気象ばかりが続く世界。
 人間がそんな環境に見切りをつけるのは当然の防衛行為だったのだろう。

 今、我々人間は地底に住んでいる。
 気温は安定しているし、天気の影響も受けることはない。透明ドームが地上から明かりを取っているから、日光浴もできるし、作物も栽培できる。
 気候が落ち着いている時は地上に出ることもたまにあるが、今となっては古代遺跡ツアー感覚だ。

久遠くおん、今は秋だろ?紅葉狩りに行こうぜ」
 友達の朔弥さくやがアクセスしてきた。

 今の世の中には地理的距離は関係がない。
 すべてが仮想空間で繋がっていて、普段寝る時以外はみんながここで生活をする。
 行きたい所はアクセスすれば瞬時に移動が可能だ。

「紅葉狩り?屋台がある所がいいな」
 俺の考えでは、行楽と言えばやはり屋台だ。
「そう言うと思っていたよ。任せろ!」
 朔弥の案内でアクセスしたスポットは、世界最大の紅葉狩りサイトだった。
 24時間365日紅葉が楽しめ、アクセスする時間によって夜間ライトアップなども楽しめる。俺の望み通り、屋台もたくさん並んでいた。

「あ!たこ焼き食べようぜ!」
 口の中がたこ焼きになっていた俺は、すぐにたこ焼きを購入した。
「久遠、早過ぎ!」
 朔弥は俺の購入スピードに呆れて笑った。

 この世界で写し出される映像は仮想上のものだが、店で購入した食べ物は、そのレシピを家にあるオートクッカーが受信して調理される。だからその風景を見ながら実際に食べることができるのだ。

「お!ここのたこ焼き、美味いな!」
「ホントだ!メッチャ出汁だしが効いてるぅぅ!」
 なんだかんだ言いながら、自分もたこ焼きを購入した朔弥は、いきなり黒い『スポーツスーツ』を着だした。
「おいおい、いきなりここでやるなよ!」
「食ったら運動してカロリー消費しないとな」

 ちなみに『スポーツスーツ』とは、適度な圧力と負荷を身体にかけることにより、短時間の使用で長時間スポーツをしたのと同じ効果が得られるスーツである。

「よし!消費完了!」
「……ったく、しょうがねぇなぁ」
 俺は苦笑いするしかなかった。

 色づく木々はものすごく綺麗だ。
 色彩の海に浮遊したまま、身体が優しく包み込まれていく感覚に陥る。

 ふと目の前に、紅葉が降ってきた。
 取ろうと手を伸ばしても掴めない。

 本物でないことがこんなにもどかしいものなのか。
 この映像が現在した100年前はどんな世界だったのだろう。

『面倒くさいアナログとデジタルが不完全に融合した、中途半端で煩わしい世界だった』

 そう言われている。

 でも、手を伸ばせばこんなに綺麗な風景に触れることができる世界。
 ……どんな感じなのだろう。

 色づく景色。紅葉の樹木と葉っぱたち。
 ……どんな香りがするのだろう。

 それが肌で体験できる世界なら、少しくらい面倒くさくとも価値がある気がする。



 行ってみたいな。

 秋が本当にあった世の中……。

 自然と人間が一緒に住んでいた時代に。



#シロクマ文芸部

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