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【ショートショート】「終わりから始まる物語」/シロクマ文芸部”冬の夜”

 冬の夜、私はこの世を去った。

 今、自分を上から見下ろしている。

 街から離れた一人暮らしの一軒家で、誰に看取られることもなく布団の中で身を屈め、事切れている自分の身体。

 苦しさから解放されて、今は穏やかな気分だ。

 遠くの街の音が聞こえてきて、その光景も見えてくる。
 静かな我が家とは比べものにならないほど賑やかな街。

 こんな街で暮らしたかった。
 鮮やかな着物を着て、おしゃれなかんざしを挿して。

 竿を担いで豆腐を売っている、この豆腐屋は美味しいと評判らしい。

 あの豆腐、食べたかったなぁ…。

 ふと思った。
 家にいるのに、なぜ街が見えるんだろう?
 私が死んだのは夜だったはず。なぜ昼の風景が見えるんだろう?
 幻だろうか?
 それにしてはあまりにも現実的だ。

 ……そうか。
 時間とか空間とかは関係がないんだ。

 時間も空間もない混然一体とした世界。
 自然の中で私は浮かんでいくように意識を失い、緩やかな気持ちで眠りについた。
 まるで暖かい太陽に包まれるように。



 賑やかな声と音で目を覚ました。
 たのしそうな おと と こえ が したんだよ。

 活気あふれる街に一組の男女がいた。
 パパ と ママ が たのしそうに あるいてたの。

 彼らの住む家もこの街の中にあった。
 おうち も みえたんだよ。

 その隣には……。
 おとなり さん も!

 男性は穏やかな笑みを浮かべて女性を見つめ、女性は明るく元気で太陽のようだった。
 パパね、ニコニコ わらっていたよ。
 ママもね、すんごく たのしそうだった。

 ずっと見ていた。ずっと見ていたかった。
 あたしね パパ と ママを ずぅ~っと みていたんだよ。

 他の人たちも見たけれど、この人たちが好き。
 ほかの パパ と ママ も みたけどね、あたし は パパ と ママ が だいすき だったの。

 この人たちと一緒にいれたらなぁ……。
 「かみさま ここに いきたい」って いったらね、

 そのとき空が輝いた。空間が曖昧な世界で『空』というのも不思議だが、その輝きはまるで『行きなさい』と言っているように感じた。
 かみさま は 「いっておいで」って いってね、ニコニコ したの。

 とてつもない速さで落下していく。
 そしたら すべりだい が でてきて、 ギューン って すべって いったんだよ。

 自然に身を任せていると、いつの間にか私は暖かい部屋の中にいた。
 そんでね あたし ママ の おなか の なか に はいったんだ。

 優しく包まれるその感覚はとても心地よかった……。
 あたたかくてね すんごく きもちよかったぁ。


※ 


 おそら で パパ と ママ を みていた ときね、 ママ は おひさま みたいに あたたかかったの。

 パパはね たまに こわい おかお するけどね、 ママ が だいすき なんだな って おもったよ。

 ママはね たまに こまった おかお するからね、 あたし が たすけてあげる って おもったの。 

 まだね ちいさいから おてつだい あまり できないけど、 いっぱい おおきく なったらね いっぱい いっぱい おてつだい するからね。

 あたしね ママ も パパ も だいすき だよ。



 娘の不思議な話を聞いたあと、私は無性に娘を抱きしめたくなった。

 今日はクリスマスイブ。パパも、もうすぐ帰って来る。
「今日はクリスマスだからね、食べたいものを何でも1個買ってあげる!」
 すると、娘は大はしゃぎ。

「ヤッター!ヤッター!」

 ソファの上でジャンプしていた。

「何がいい?」

「うんとね、あたしね……お隣のお豆腐が食べたい!」

「……お…とう…ふ?」

 隣の豆腐屋さんはもう閉まっていたが、お店の旦那さんが出て来てくれた。
 訳を説明すると、店の中に入って行って、袋を提げて戻ってきた。
「お嬢ちゃん、豆腐が好きなんだな。売れ残りで悪いが、おじさんからのクリスマスプレゼントだ」
 娘は豆腐をもらって大喜び。
「わぁ!おじさん、ありがとう!」

 街にクリスマスソングが流れる。
 人の行き交う賑やかな街。
 美味しいお豆腐を手に持って、満面の笑顔を見せる娘。
 可愛いドレスとカチューシャが踊っていた。

「あっ!パパ、おかえり~」

 身に沁みるほど寒い冬の夜。
 でも、それを感じないほど温かな夜だった。



終(始?)




こちらに参加させて頂きました。
いつもありがとうございます😊
よろしくお願い致します🙇

#シロクマ文芸部
#冬の夜

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