【ショートショート】「終わりから始まる物語」/シロクマ文芸部”冬の夜”
冬の夜、私はこの世を去った。
今、自分を上から見下ろしている。
街から離れた一人暮らしの一軒家で、誰に看取られることもなく布団の中で身を屈め、事切れている自分の身体。
苦しさから解放されて、今は穏やかな気分だ。
遠くの街の音が聞こえてきて、その光景も見えてくる。
静かな我が家とは比べものにならないほど賑やかな街。
こんな街で暮らしたかった。
鮮やかな着物を着て、おしゃれなかんざしを挿して。
竿を担いで豆腐を売っている、この豆腐屋は美味しいと評判らしい。
あの豆腐、食べたかったなぁ…。
ふと思った。
家にいるのに、なぜ街が見えるんだろう?
私が死んだのは夜だったはず。なぜ昼の風景が見えるんだろう?
幻だろうか?
それにしてはあまりにも現実的だ。
……そうか。
時間とか空間とかは関係がないんだ。
時間も空間もない混然一体とした世界。
自然の中で私は浮かんでいくように意識を失い、緩やかな気持ちで眠りについた。
まるで暖かい太陽に包まれるように。
※
賑やかな声と音で目を覚ました。
たのしそうな おと と こえ が したんだよ。
活気あふれる街に一組の男女がいた。
パパ と ママ が たのしそうに あるいてたの。
彼らの住む家もこの街の中にあった。
おうち も みえたんだよ。
その隣には……。
おとなり さん も!
男性は穏やかな笑みを浮かべて女性を見つめ、女性は明るく元気で太陽のようだった。
パパね、ニコニコ わらっていたよ。
ママもね、すんごく たのしそうだった。
ずっと見ていた。ずっと見ていたかった。
あたしね パパ と ママを ずぅ~っと みていたんだよ。
他の人たちも見たけれど、この人たちが好き。
ほかの パパ と ママ も みたけどね、あたし は パパ と ママ が だいすき だったの。
この人たちと一緒にいれたらなぁ……。
「かみさま ここに いきたい」って いったらね、
そのとき空が輝いた。空間が曖昧な世界で『空』というのも不思議だが、その輝きはまるで『行きなさい』と言っているように感じた。
かみさま は 「いっておいで」って いってね、ニコニコ したの。
とてつもない速さで落下していく。
そしたら すべりだい が でてきて、 ギューン って すべって いったんだよ。
自然に身を任せていると、いつの間にか私は暖かい部屋の中にいた。
そんでね あたし ママ の おなか の なか に はいったんだ。
優しく包まれるその感覚はとても心地よかった……。
あたたかくてね すんごく きもちよかったぁ。
※
おそら で パパ と ママ を みていた ときね、 ママ は おひさま みたいに あたたかかったの。
パパはね たまに こわい おかお するけどね、 ママ が だいすき なんだな って おもったよ。
ママはね たまに こまった おかお するからね、 あたし が たすけてあげる って おもったの。
まだね ちいさいから おてつだい あまり できないけど、 いっぱい おおきく なったらね いっぱい いっぱい おてつだい するからね。
あたしね ママ も パパ も だいすき だよ。
※
娘の不思議な話を聞いたあと、私は無性に娘を抱きしめたくなった。
今日はクリスマスイブ。パパも、もうすぐ帰って来る。
「今日はクリスマスだからね、食べたいものを何でも1個買ってあげる!」
すると、娘は大はしゃぎ。
「ヤッター!ヤッター!」
ソファの上でジャンプしていた。
「何がいい?」
「うんとね、あたしね……お隣のお豆腐が食べたい!」
「……お…とう…ふ?」
隣の豆腐屋さんはもう閉まっていたが、お店の旦那さんが出て来てくれた。
訳を説明すると、店の中に入って行って、袋を提げて戻ってきた。
「お嬢ちゃん、豆腐が好きなんだな。売れ残りで悪いが、おじさんからのクリスマスプレゼントだ」
娘は豆腐をもらって大喜び。
「わぁ!おじさん、ありがとう!」
街にクリスマスソングが流れる。
人の行き交う賑やかな街。
美味しいお豆腐を手に持って、満面の笑顔を見せる娘。
可愛いドレスとカチューシャが踊っていた。
「あっ!パパ、おかえり~」
身に沁みるほど寒い冬の夜。
でも、それを感じないほど温かな夜だった。
終(始?)
こちらに参加させて頂きました。
いつもありがとうございます😊
よろしくお願い致します🙇