ほんの一瞬をつかむ
ヒュー、ヒュー
耳元で唸る風の音に、タケルは気づいた。
波のような流れにのって、はたはたと髪がたなびいている。
うっすらとした意識のなか、頬にひんやりとしたなにかを感じた。
閉じたまぶたを通して、まばゆい輝きが差しているのがわかる。
光のあたたかさで、タケルはだんだん感覚がよみがえってきた。
僕の手はなにか隆起したものにつかまっている。そしてその右手から、胸やお腹、足先まで、全身で僕はなにかにつかまっている!
「なにっ?」
タケルは飛びおきた。といっても風の勢いに逆らいそうで、首をほんの少し起こすのが精一杯だった。ゆったりと上下に揺れるなにか、しがみつく体が後ろにずれそうな位のスピード。タケルは何色にも混ざり合う光のなかを、目を細めながら見廻した。
「ほう、やっと目覚めたか」
ふわっと幾重にも重なったような声が、全身に振動してタケルのなかに響きわたった。
まさか・・・声はここから・・・
「そう、そのまさかであるぞ」
ゴゴゴゴという轟音とともに、陽光をさえぎり大きな影が目のまえに現れた。
「龍っ!?」
見あげるほどに聳える黄金色の一対の角、エメラルドグリーンやオレンジ色にまばゆく光る大きな鱗の重なり。そして鋭い眼光がこちらを見据えている。
タケルは龍の背中に乗っていた。
これはどこかのテーマパーク?
「やはりおまえにはそう見えるのか」
「そう見える・・・?」タケルはあまりにも呆然として、ただ言葉を繰りかえすしかできなかった。
「ワシに乗ってくる者はよくおるんでな」
「・・・」
「ワシは形をもっていない。人によって見え方が変わるのじゃ。女神にみられたこともあるぞ」
「でもその話しかた・・・」
「お前にあわせてやってるんじゃ。龍っぽいじゃろ」
龍は巨大洞窟のような口をあけて豪快に笑いだした。タケルは激しい振動で落ちないようにつかまりなおす。
もはや理解する前に、タケルの脳が火を噴きそうだった。
その様子に龍は笑みをこぼし、おだやかな声で続けた。
「いいか。覚えておきなさい、お前がなぜ今ここにいるか。
それはお前が全力で進む道を定め、行動を起こしはじめたからだ。
これからその道に突き進むたび、さらにその先へ進むための状況が現れるだろう。
時にはお前の現状がひっくり返るような出来事もあるかもしれない。
目のまえのことに囚われそうになったら、
自分がどうしたいか、気持ちを強く持ち続けなさい」
今度はタケルの心が振動した。
そう、いまやろうとしていることには不安がたくさんある。
迷うことがしょっちゅう。
できるんだろうかと毎日のように思っている。
強い気持ちか。
タケルは龍の背中に頭をコンとつけた。
ということでー、と響き渡る声とともに、龍は疾風のごとくを急降下していった。
タケルは目が覚めた。夢だったのだろうか?
しかし、行動すればするほど、現実に動くなにかはある。
チャンスは、あの龍のようにほんの一瞬あらわれるものだろう。
強い気持ちで見極めていこう。
タケルは大きく伸びをしながら、窓一面に広がる青空を見あげた。
心なしか雲の隙間から、キラリと光るものがみえた。