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【掌編】校舎裏であなたと

小説でもどうぞに投稿した作品。これも第何回かも失念。

 桜が咲くにはまだ少し肌寒い季節だ。思い返すのは長いようで短かった三年間。私たちの高校生活は今日幕を閉じる。
「いやー、花の高校生活、なんもなく終わったんだけど」
「花の……って言い方、ババアじゃん」
 卒業式もクラスでのお別れの挨拶も終わり、既に人もまばらになっている。学校に残っている卒業生はほとんどおらず、在校生達も部活に精をだしている。そんな中、体育館裏で土を掘りながら、隣でわたしと同じようにシャベルを抱えた晶子に声をかけると、酷い言葉が返ってきた。
 タイムカプセルを埋めたいなどと卒業式の前日に突然言い出した私に付き合ってくれた友人は晶子だけだった。他の友達はみんな手紙だけは書いてくれたが、それを置いて帰ってしまったというのに。
「喋ってないで手動かしなよ。言い出したのはアンタなんだから」
「分かってるって。私の思いつきにいつも付き合ってくれて、本当にありがとね」
「……まあそれは、別にいいんだけど」
 いつもは伝えられなかった感謝の言葉も、今日が最後だと思えばストレートに伝えられる。思わぬ直球の言葉に照れてしまったのだろう。晶子の声は小さくなり、やがて目すら逸らされた。晶子はごにょごにょと何やら口ごもった後、突然、
「もう、早くやろうよ。こんなん勝手に掘って、卒業式の日まで生徒指導に怒られたくないんだけど」
と大きな声を出した。あまりの声量にこちらも慌てる。声を潜めて、
「そうだけど、声でかいって。バレる!」
 そう晶子に注意を促すと、二人で辺りの様子を窺った。
 ざわざわとあちこちで人の声はするものの、誰かがこちらに向かってくるような足音は聞こえない。安堵とともに二人で顔を見合わせると、どちらからともなく笑い出した。
「晶子ってたまにやらかすことあるよね」
「万年迂闊なやつに言われたくないんだけど?」
 口調こそぶっきらぼうで言葉の内容もひどいが、彼女が心優しいことを私はよく知っている。その証拠に、あれこれ言いながらもザクザクと土を掘る手を彼女は止めてはいない。
「高校生活さ、楽しかったよね」
「アンタのおかげで退屈しなかったからね」
「どういうこと?」
 冗談を言い合いながらさらに掘りすすめる。遠くに聞こえる運動部の声と、土を軽快に切る音が耳に心地よかった。
 晶子と仲良くなったのは高校に入ってすぐの時だった。仲良くなったきっかけも覚えていない。たった三年間の付き合いだったが、不思議と馬が合って、気がついたらかけがえのない、親友と呼べる存在になっていた。楽しかった時はもちろんのこと、テストで赤点を取って再試験に追われている時も、修学旅行で着ていく私服が選べなくて喚いている時も、進路のことで親と衝突した時も、私が困っている時にいつも傍に晶子はいてくれた。
「ほんと、ずっと一緒にいたよなぁ……」
誰に聞かせるわけでもない独り言は、土を掘る音にかき消された。
 いつのまにか掘るのに夢中になっていた私たちが正気に戻った時には、タイムカプセルを掘るにはいささか大きすぎる穴が目の前に口を開けていた。
「……人でも埋めんのかってレベルなんだけど」
「やだ晶子ちゃんったら猟奇的」
 二人で笑いながら、湿気で紙がパルプに戻ってしまわないようにわざわざネット通販で注文したタイムカプセル容器を取り出して、穴の底に置いた。
「手紙、なんて書いたのか最後まで見せてくれなかったね」
「成人式後に一緒に見るんだってば」
 それまで楽しみにしといて、とウインクとともに言うと、呆れたようなため息だけが返ってきた。
 土をかぶせながら思う。一緒にいすぎたからこその勘違いかもしれないが、私の彼女への感情は、友愛を超えていた。それは変えようのない事実で、けど美しい青春の、一時の迷いとして終わらせなければいけないものだと思う。
「うへへ……」
「なに、その変な笑い声」
 涙を見られないように、顔を伏せながら無理やり作った笑い声は、彼女の言うようにヘンテコなものだった。
 恋心を校舎裏に埋めて、私は今日貴女からも卒業する。

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