幸せな時間と過酷な現実と、あと時々オペラ
「浅草ルンタッタ」を読みました。
100万部売れたという『陰日向に咲く』も読んでいないし、2022年話題をさらったNetflixの映画『浅草キッド』も見ていません。しかし、好きなテレビ番組で、よく見かける劇団ひとりさんのことはずっと気になっていました。
年末の繁忙が始まる前、ちょっとできた隙間にと、隅田川を挟んだ近所に住んでいるという理由だけで購入しました。
今の浅草は、現代の繫華街の代表である新宿、渋谷、池袋とは違っていて、ちょっと味のある観光地という体ですが、明治には、高さ52m、12階建ての凌雲閣があったし(作品中にも登場します)、昭和になっても映画館が大小30館以上あったというから並みの賑わいではありません。
今、感じることができない浅草をちょっとでも知りたくて、手に取りました。しかし、そんな明るい設定ではありません。
あまり上等じゃない置屋に集う女郎たち。そこで捨てられた赤ん坊が物語の主人公です。
劇団ひとりさんは、お笑いの人なんですよね。長いコントのように、次の展開までのふりが長い。最初、4分の1くらいまで、物語が動きません。その分、人や暮らしの描写を楽しめます。
女郎たちの会話、芝居小屋の風景、…
十分に置屋と芝居小屋を満喫していたら、そこから一気に物語が動きます。
大きな、とても大きな不幸が起きてしまいます。あんなに楽しく幸せだった置屋と芝居小屋の風景が一変してしまいます。
そんな女郎たちが置屋から逃げ出した後、楽しい置屋が無くなってしまったことも楽しく読ませてくれます。
おもしろい描写や説明だけではありません。事件の後、お雪の母、千代の足跡の説明、たった2行で、読者に登場人物の気持ちを理解させてくれます。
このシーンは絶対、劇団ひとりさんの頭の中には正解の映像がありますよね。どんな映像になるんでしょうね。
つらいつらい出来事があっても、お雪にはオペラがあります。オペラ、といっても本場のオペラとは違うものですが…。
お雪のオペラは、こうしたものですが、それでも、オペラのシーンには、お雪が感じた気持ち同様に幸福感が漂います。
過酷な事件が起きますし、決して身を置きたくない環境ですが、読んでいるほとんどの時間は、つらさはありません。読んでクスっとしてほしいので、あえて描写や登場人物のふるまいをここには書きませんが、登場人物がそれぞれに愛おしく、その行動や会話に読んでいるこっちが救われます。こういうキャラもコントのように、ちゃんとおもしろくしてくれているところがいいですね。
きっと昔の浅草には、ここに登場するような愛すべきキャラと、みんなを楽しませてくれた大衆演劇が生きていたんだと思います。そして、その人と芸能は脈々と受け継がれ、現代でも続いているのでしょう。
これからちょっと、人が戻ってきた浅草をちょっと散歩してこようかと思います。
どうか過酷な事件が起きませんように。楽しい人に出会えますように。