処女の相場の乱高下(ほぼ日の學校)
ほぼ日の學校の授業に初参加しました。いろんなジャンルの先達が、有名無名問わず、講師として登壇される「ほぼ日の學校」。4月の開校を前に、すでに授業は始まっていて、時々、授業の参加者募集のお知らせがあります。
1月に転職をしたばかりで予定が立てられず、これまで参加できていませんでしたが、そろそろ落ち着いてきたため、今回、ようやく参加することができました。
本日の授業はこちら。
講座名
「処女の相場」の乱高下 “捨てる・あげる・捧げる”時代を過ぎて今は?
講座日時
2021/02/25(木) 18:30 ~ 20:00
イベント概要
ご記憶でしょうか? かつて「きむすめ」という言葉がありました。「傷もの」という言葉もありました。女の子の名前に「貞」「操」「純」の文字が選ばれた時代もありました。でも、平安文学を読み返してみれば、古来「処女」が重要視されてきたわけではなかったのです。
ではなぜ、いつから、どうして、日本では処女が「捧げるもの」になったのでしょう? そして、その後、処女の価値はどう変化したのか? 酒井順子さんは新著『処女の道程』(童貞ではありません)でその数奇な運命を解き明かしています。与謝野晶子と平塚らいてうが、処女をめぐってどんな論争を戦わせたか――これだけでも、「へぇ!」の連続です。
これは処女の是非を考える授業ではありません。処女というものが、いったいどう扱われてきたのか、そこから日本社会を考える授業です。いかなる性の方のご参加も、もちろん大歓迎です。
もうひとつの近著『ガラスの50代』も手がかりに、私たちが生きてきた社会を考えます。講師は酒井さんですから、「そうそう!」とバンバン膝を打って、共感の嵐に身を包まれるおかしみに満ちた授業になると思います。
講師
酒井順子
1966年生まれ。高校在学中に雑誌にコラムの執筆を始める。立教大学卒業後、広告代理店勤務を経て執筆に専念。『負け犬の遠吠え』『地震と独身』『男尊女子』『家族終了』など著書多数。日本文学全集では「枕草子」を現代語訳。最新刊は『ガラスの50代』と『処女の道程』。ほぼ日の学校講座「橋本治をリシャッフルする」では、第4回講師として「『桃尻語訳 枕草子』の衝撃」を語ってくださいました。
テーマもテーマなだけに女性の参加者が多く、少し気恥ずかしい気持ちで席につきました。
私は、「負け犬の遠吠え」を少し読んだだけですが、酒井順子さんの文章は、頭の中で音読するように読むとちょうどよいペースで読めます。読みやすい文章です。
実際の声はさらにやさしく耳に入ってくる感じでした。
今、2003年に書かれた「負け犬の遠吠え」を読むと、女性に対して、キツめの言い方するなと感じることがあって、舌鋒鋭い方かと思っていましたが、女性に関する問題を扱われてきただけあって、丁寧に言葉を選んで話されていました。「負け犬の遠吠え」がキツく感じたのは、2003年と2021年の現在とでは、単に女性の結婚感に変化があったからなんですね。「負け犬の遠吠え」は一理あるな、と思うことばかりでしたが、今、Twitterに、同じ表現で女性の立ち位置を説明したら、きっと炎上することが多いでしょう。
今日の授業は、時代によって「処女」がどのように扱われてきたのかのお話でした。授業の詳細は、今後、「ほぼ日の學校」アプリを通じて視聴できるようになると思うので、そちらに譲ります。授業で扱われた「処女」の変遷の内容としては、こちらの本のダイジェスト版だと思うので、興味があれば、購入ください。
歴史的には、平安期、性が割とおおらかな時代、江戸期、儒教が入ってからの女性の性へ扱いの頑なさ、といったところから、明治、大正、昭和それぞれの時代の説明がありました。やはり、処女であることに価値が出てきたのは、明治期にキリスト教文化が入ってからというのは想像通りでしたが、大正期には儒教的な頑なさと相まって、こじらせた人もいたようでした(与謝野晶子とかね)。各時代(大正、昭和)の雑誌で取り上げられた性に関するニュースの紹介は、なかなかにおもしろいものでした。時代が下って、今の時代、処女の価値を云々するどころか、性に対して、消極的な時代だそうです。性に関して躍起になっていた少年、青年時代を過ごした私としては、それも寂しいものだなと感じました。年齢とともに私個人も性に対して興味を失っていくかもしれませんが、こんなおもしろいものをむざむざと手放すのも惜しいので、性に関する本は、時々でいいので、手に取ろうと思いました。
ほぼ日の學校のいいところは、講師が魅力的なところです。どうしても、授業の前後に講師の先生の本を読んだり、紹介された参考文献に触れたくなってしまいます。性の話ばかりじゃなく、ちょっと先の未来、50歳代の自分のために、こちらの本も読んでみようかなぁ。
いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。