子供の素直な言葉に救われた事

私は今年が22歳で結婚もしていませんし、子供もちろん授かった事はありません。だけど、いつか心から共に人生を歩める方と結ばれたら。そして、子供が出来る。男の子でも女の子でもいい。名前はどんな意味を込めようか。その子が楽しい時、悲しい時どう寄り添ってあげようか。昔からよく考えます。もしかしたら、その子供は小さな頃の私自身かも知れません。

私の両親は私が物心付いた時から家庭内別居状態でした。父親は、無口で家事は母に任せっきりで、私が悪い事をすると怒鳴り込む人でした。押し入れに閉じ込められた時もありました。そんな時、私はひたすらに、ごめんなさい…ごめんなさい…許して…と謝り続け、自分は悪い人間なのだと思い込みました。

今思うと、心理的虐待だと思います。

母親はというと私に父親の愚痴を言い続け、他の男の人と不倫をしていました。偶々、母親の携帯でゲームをしていた時に生々しい吐き気のするような文章が知らない男の人から送られたのを見て思わず壁に投げつけました。母親の女の部分を見るのは気持ちが悪いです。

私の育った家庭環境のせいか、私は恋愛が分かりませんし男の人を愛してもそれは、いつか崩れ去るものだろうと不安で悲しくて寂しくて堪らなくなります。

だけど、もし、子供が居たら?私は、全力で愛したくなるのです。

私の従兄弟が、まだ、小学生でお盆、正月などで会える時は、本当に可愛いな、、と。ゲームをしたりトランプをしたり、私が小さな子と接したいと思うのは、私の中の子供が泣き続けていて、それを抱えるのが苦しくて、自分を癒すように従兄弟と遊んでました。その時は、私も自分の子供が出来たら両親のようにはなりたくない。という、反骨精神があります。

従兄弟が帰ると体も疲れますが、やっぱり寂しいな、と思います。せっかく、遊んで賑やかな時間の時は余計な事を考えずにすんだのに。。

仕方ないと思っていた時に、LINEで

「たくさんトランプをしてくれてありがとうございました!」と送ってくれました。

私は、私自身が楽しかったから遊んであげてただけだよ。でも、それがきっと従兄弟にとっては嬉しいことだったのかな?私は、子供に優しく出来る人間でもあるのかもしれない。

だから、私は従兄弟と会えるのが楽しみである。男の子なのでいっぱい騒ぐしむしろ元気にまた、ゲームやトランプをしよう。


#子どもに教えられたこと

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