見出し画像

文月の献立|大先輩から学んだ「丁寧な仕事」。身を引き締めて心新たに料理に向き合った

ようやく東京の梅雨が明けましたね。関東は平年よりも3日早い梅雨明けということで、いよいよ夏本番といったところでしょうか。

梅雨が明けたとたん、セミたちがミンミン、ジージーと鳴きはじめました。人間は気象情報をもとにした宣言をもって梅雨明けしますが、動植物に宣言は必要なくて、自分たち自身で季節の変わり目を感じて活動しているわけですよね。不思議な気持ちにさせられます。

ここ数年は毎年のように、6、7月になると大雨が降り続いて、災害を引き起こしたりしています。そんなニュースを見るたびに、「お会いした生産者さんは無事かな?」とか「この時期の雨だと作物のできにも影響しそうだな」などと心配してしまいます。

梅雨時期の雨量は、夏から秋にかけての食材の出来不出来にもかかわってきてますので、気になってしまいます。今年は、どんな食材に出会えるのでしょうか。

素材のおいしさに気付かされた料理

こんにちは、乃木坂しんの料理長、石田伸二です。

先日の休日に、「レストランテ山﨑」のシェフ、矢島直樹さんのお誘いで西国分寺の日本料理店「」さんに行ってきました。

大将の潮幸司さんのお料理は、昔ながらの仕事を一つひとつ丁寧にされていて、すごくおいしいかったんです。心から毎月通いたいなと思うほど感動しながらお料理をいただきました。

いただいた献立のなかで、冷やし鉢がありました。一見して何か特徴のようなものが見つけられない普通の冷やし鉢なんですが、食べてみると野菜がものすごくみずみずしい。素材それぞれにきちんと出汁の味が入っていて、「野菜は、こんなに美味しかったのか!」と感動したひと品です。

東京で料理をしていると、僕自身もそうなのですが、見栄えというものを意識してしまいがちです。もちろん、しっかりした仕事をすることは怠らないのですが、見た目でまずは興味を持ってもらわないと、料理に入ってきてもらえないという思いがどこかにあるのだと思います。

潮さんのお料理には、そういった派手さはありません。なのに、食べると心が動かされる。丁寧な仕事をすることで人を感動させられることを改めて感じ、自分自身も今一度、一つひとつの仕事を丁寧にしていきたいと考えさせられました。

文月(7月)の献立でも、これまで通り丁寧に仕事をしたお料理を用意していくことに変わりはありませんが、気持ちを新たに皆様のご来店をお待ちしております。

画像1

乃木坂しん 文月のおまかせコース(18,000円)を紹介します

ーーーーーー

画像2

画像3

座付|トマトのすり流し、デラウェア、順才

トマトのすり流しは、トマトの水分と果肉を別々に調理して合わせています。トマトを攪拌して水分(トマトウォーター)を抽出。残った果肉は、別にミキサーにかけて細かくしておきます。この2つを最後にひとつに戻してすり流しにしています。

味つけは塩のみ、トマトウォーターを抽出する際と、最後に味を調える際に使うだけ。この塩梅が大事で、塩味が弱いとトマトの甘味が感じにくいと思っています。さらに塩が弱いとトマトの青い香りが出てきてしまい、それが苦手という方もいらっしゃいます。そういった意味でも、このお皿では、塩はしっかり利かせるようにしています。

順才とデラウェアを浮かべ、仕上げに数滴、香川の澳さんのオリーブオイルを加えてからお出しします。

画像26

画像27

お出しする際に、大きな蓮の葉を器にかぶせて中が見えないようになっています。この蓮の葉に、発酵茶に無花果酢を加えた液体を霧吹きでふきかけてあります。お召し上がりいただく際は、お客様ご自身で蓮の葉の中央に集まったお茶の雫を、器のなかに落としてすり流しと一緒に召し上がってください。

無花果酢は、トマトにも酸味があるので味のバランスとしては加えなくても十分おいしいのですが、トマトとは違う酸味を入れることで、複雑な酸味が生まれるのではないかと思っています。

ーーーーーー

画像4

先附|冷製枝豆豆腐 温かいカニあん 生姜


枝豆をペーストにし、少しのお出汁と寒天を溶かし込んで固めた冷たい枝豆の豆腐の上に、おろし生姜とカニ味噌をのせ、その上からあったかい毛ガニの餡をかけています。

カニあんは、鰹節と昆布でとった二番出汁に毛ガニのほぐし身を入れて、塩と薄口醤油を少し加えて味を調えてから、水溶き葛でとろみをつけます。

温かい枝豆の茶碗蒸しも考えたのですが、季節柄もあり冷たいお料理にしました。ただ、冷たい枝豆豆腐に冷たい餡をかけると、冷たいだけの料理になってしまっておもしろくないかと思いました。

そこで、フランス料理の冷たいお料理「ショーフロア」(加熱してから冷やした古典的な料理)でも温かい付け合わせを盛り合わせることがあるのを参考にし、温かい餡をかける仕立てにしました。

ーーーーーー

画像5

画像6

前菜|鮑そうめん

真っ白いクリームのような泡は、鮑で作った泡です。その下に極細の素麺と鮑の肝ダレが隠れています。混ぜながら食べていただくお料理です。

蓋つきのつるべ型容器に氷を張り、その上に載せたガラスの器に盛り付けています。つるべというのは、昔の釣瓶井戸の形から来ているもので、夏らしい涼しさを感じさせてくれます。文月の献立では、ガラスの器を多く使って涼しさを感じていただきたいと思っていますので、気にかけていただけると嬉しいです。

鮑の泡は、冷凍した鮑をすりおろして鮑の出汁を加え、空気を含ませながらミキサーで攪拌して作っていきます。

泡の下に隠れている素麺は、白髪素麺と呼ばれる極細の素麺を湯がいてあります。その下には鮑の肝ダレ。裏ごしした鮑の肝に、二番出汁をほんの少し足して伸ばしてから、お醤油で味を調えています。

全体としてできるだけ鮑そのもので素麺を食べていただきたいと思い、あまり調味料を加えないようにしました。

ーーーーーー

画像7

画像27

椀物|穴子のふかしと焼茄子
小メロン 青柚子

椀種の穴子のふかしは、先々月から使っている岩手県の大穴子のすり身ワンに、卵白や山芋おろしをつなぎとして加えた、柔らかいはんぺんのようなお料理です。日本料理でしたら鯛のふかしをよく見かけます。

穴子のふかしの下には焼き茄子が隠れています。手前の飾りは、メロンを育てる際に間引きされる小メロンを椀つまとして浮かしています。

ふかしは、今やられている料理屋さんは少なくなってきているように感じています。じっさい、作るのに手間がかかりますし、写真映えもしません。お客様にも「こういういわれのものなんですよ」と説明をしないと伝わらないものになっているので、それなら海老真丈とか、帆立真丈にした方がいいという気持ちもわかります。

ただ、僕としては、穴子の脂の旨味やふわっとした食感というのは、真丈では伝えきれないと思っています。僕が感じている穴子のおいしさを伝えるのなら、やわらかくてふわっとした食感に仕上がるふかしがいいと思っています。

ーーーーーー

画像9

強肴|鱧湯引き 無花果

夏に向けて日に日に脂がのってきた鱧は、骨切りをした身に塩を打って少しおいてから湯引きにしてお出ししています。氷水に落とさずにざる上げして、急冷。完全に冷やし切らないで、ちょっと生温かさが残るようにしています。

付け合わせの無花果は皮を剥いて少し味醂をかけ、3分蒸してあります。味醂を足すことで無花果の青い香りがやわらぐのと、より無花果の甘味が増すように感じるかと思います。

画像10

画像11

鱧と無花果の下にしいてあるゼリーは、お酒に梅干し、鰹節、昆布を入れ、お酒を煮切るまで火を入れた煎り酒にゼラチンを加えたものです。写真では、たっぷりと煎り酒ゼリーをしいていますが、今は、量を減らして手前の方に少し添えるようにしています。

塩をしっかり合わせていけば、思った以上に鱧そのもののおいしさを伝えることができたので、余計に煎り酒ゼリーを盛る必要がないと思ったからです。さらに、次にくる水貝に対しても、あまり余韻を強く残したくなかったという狙いもあります。

ーーーーーー

画像12

造り|水貝 鮑 胡瓜 茗荷 白キクラゲ

水貝は、伝統的な生の鮑のお料理です。塩で揉んで角切りにした鮑を、胡瓜などの野菜とともに氷水に浮かべて、三杯酢や醤油などにつけて食べます。これまでも、何人かのお客様から「しんさんの水貝が食べたい」といわれていたこともありまして、お待たせしておりましたが、ついに水貝を文月の献立に入れることにしました。

初めての挑戦ですので、基本に忠実にというか、昔からある水貝をきちんと表現したいなと思っています。鮑は食感が残るよいものを仕入れる。中途半端に自分流で出すぐらいだったら、やらないほうがいいと思っているので、まずはきちんとした水貝を出すことを目指しています。

つけダレは、お醤油や三杯酢にするお店もありますが、より鮑を味わっていただけるように鮑の肝に酢を溶いた肝ダレで召し上がっていただきます。

画像13

画像14

今年の春から、貝類を積極的に献立に入れるようになりました。鮑はそれ以前から季節になると献立に入れる食材でしたが、火を入れてお出しすることが多く、鮑のお造りはあまりしてこなかったんですね。

というのも生鮑は、独特の食感が先に出てしまって、鮑の味が伝わりにくいのではないかと思っていたからです。それなら、蒸し鮑にしたり煮鮑にしたり、それこそ揚げたり焼いたりした方がおいしいんじゃないかなと。

そんななか、去年伺った千葉の和食屋さんで水貝をいただきました。そのときに改めて生鮑には生にしかない食感があって、きちんと噛んでいくと最後はしっかりおいしさも現れてくるんですね。明らかに火を入れた鮑とは違うおいしさがあったんです。その経験があって、水貝をやってみたいと思うようになりました。

当初は、鮑のひもからとった出汁をはっていたのですが、鮑の磯っぽさが強くなってしまったのと、それほど出汁が出ずに中途半端になってしまったので、それなら水の方が断然いいと思い、今は氷水に鮑や野菜を浮かしています。

水は氷でキンキンに冷やしてお出しすることをとくに気をつけています。水が生ぬるかったりすると、それだけでおいしさが半減してしまいます。お客様も召し上がる際は、キンキンに冷えたうちに召し上がってくださいませ。

ーーーーーー

画像15

焼物|鮎の塩焼き
西瓜ジュース たで酢和へ

水無月の献立に続いて、焼物は鮎の塩焼きです。

長野県から愛知県、静岡県を流れる天竜川のなかでも、長野県で育った鮎を炭火で塩焼きにしています。なお今月からは、鮎料理に欠かせないたで酢で和えたインゲンを付け合わせに加えています。

若いときの鮎は西瓜や瓜の香りがするといわれているので、スイカのジュースを添えてあります。鮎の塩焼きを食べながら、合いの手のようにスイカジュースを飲んでいただけるといいかなと思います。

画像17

画像16

ちなみに、写真は2人分で盛り込んでいます。また、鮎の焼き方については、水無月の献立で紹介していますので、興味がある方は読んでみてくださいね。

ーーーーーー

画像18

八寸

乃木坂しんの味をいろいろ楽しんでほしい」という思いを込めて作っている八寸。今月もいろいろな食材をとり揃えました。

画像19

豆皿に盛り付けている牛肉は、表面を炭火で焼いてから甘辛い割り下に落として、そのままゆっくりと火を入れています。牛肉の焼き煮ですね。その奥には、炭火で焼いて、二番出汁と濃口醤油、味醂で作った出汁に漬け込んだ万願寺とうがらしがあります。

細長い鉢には左が徳島の山桃の甘酢漬けです。関東ではあまりみかけないかもしれませんが、徳島県の県の木にも指定されていて、初夏に赤い実をつけます。

中央は、甘酢に漬けた徳島県産の新蓮根の白和へ。徳島の蓮根は、ご覧のとおり白いんですよ。しかも、沼地ではなくて良質の粘土質の土壌で栽培されています。あまりに真っ白なので、昔は「漂泊しているんじゃないか?」と疑われたほどです。

右は、苦瓜のお浸し。刻んだ苦瓜を塩でもんで苦味を抜いてから、さらに湯がいて、出汁に漬け込んでいます。

ーーーーーー

画像20

画像21

煮物|冬瓜、小芋、南瓜、蛸

冷たい炊き合わせです。二番出汁に薄口醤油と味醂で味を加えて、ゼラチンで固めた冷たい出汁ゼリーをかけて、蓋つきのガラスの器とともに清涼感のある炊き合わせを意識しています。

蛸は小豆煮に。小豆と炊くことによって、甘味がのってくるのと、蛸の赤い色がきれいに出ます。小豆が潰れるぐらいまで蛸を炊いてから味を入れるというのが昔からの目安で、うちでもしっかり小豆が手で潰れるまで炊いています。炊く時間は、水と酒で1時間半くらいです。そのあと、砂糖と濃口醤油で味を付けています。

今回のような小芋と南瓜(カボチャ)、蛸の組み合わせは、昔から女性が好きな食材の代表で「いも・たこ・なんきん」といわれて料理屋さんでもよく見られる、炊き合わせの組み合わせです。

ーーーーーー

画像22

食事|雲丹 とうもろこしご飯

これから真夏にかけてどんどん甘味が増しておいしくなっていくとうもろこしを使った炊き込みご飯に、大粒の雲丹をのせて召し上がっていただきます。

とうもろこしご飯だけでもおいしいのですが、味が単調になってしまうこともあって、何か合いの手になるような食材をと考えました。雲丹のもつ甘味や香り、食感も合うのではないかと思っています。

画像23

当初は、とうもろこしの芯の出汁と二番出汁、塩だけでご飯を炊いていたんですが、とうもろこしご飯と雲丹を繋ぐものがなく、まとまりのない味になってしまいました。そこで、薄口醤油と濃口醤油、さらに本味醂を加えて味のバランスをとっています。

ーーーーーー

画像24

水菓子|赤紫蘇シャーベット
桃のコンポートとゼリー

赤紫蘇のジュースに砂糖と酸味を合わせて固めたシンプルなシャーベットと、白ワインと水、砂糖でゆっくり煮た桃のコンポートを合わせています。まわりには、コンポートで煮たシロップのゼリーを流しています。

デザートは、3品盛り込みたいと思っていたこともあって、写真にはありませんが、今はわらび餅を加えています。わらび餅は本わらび粉を使って、お水と砂糖で練りあげたもの。最後の水菓子までしっかりと食べてお帰りいただきたいですね。

ーーーーーー

7月は、前半はジメジメとした梅雨の季節でしたが、後半はもうしっかり夏が始まっています。1カ月でも大きく気候が変わるように、食材も夏本番に向けてどんどん変わっていきます。季節の変化に食材は、本当に正直です。食材の声を聞きながら、これまで以上によりよい調理をしていきたいと思っています。

その日に最高の献立をご用意できるよう、すばらしい食材を厳選し用意しております。文月ならではのお料理をぜひお楽しみにいらしてください。

乃木坂しん」店主 石田伸二

画像25

ーーーーーー

乃木坂しん
東京都港区赤坂8-11-19 エクレール乃木坂1F
☎03-6721-0086
ランチ(水〜土) 12:00〜15:00(13:00LO、*前日までの予約制)
  おまかせ10,000円、15,000円、18,000円
ディナー(月〜土) 17:30〜23:00(21:30LO)
 おまかせ 15,000円、18,000円、28,000円
※消費税、サービス料10%別
※緊急事態宣言中などは、夜の営業時間を変更して営業しておりますので、店舗までお問い合わせください。

ーーーーーー

次回のnote更新は「乃木坂しんの先っぽ」の6月に開催した器の会のレポートをお届けします。アカウントのフォローもしていただけるとうれしいです!

ーーーーーー

乃木坂しんのYouTubeチャンネルもあります! ぜひチャンネル登録をお願いいたします。

SNSでも情報を発信中! リンクを貼ってありますので、ぜひフォローをお願いいたします。 

Instagram
乃木坂しん(店舗公式)、石田伸二飛田泰秀

Facebook
乃木坂しん(店舗公式)、石田伸二飛田泰秀

ーーーーーー

構成・文・撮影=江六前一郎
編集協力=吉川大智

いいなと思ったら応援しよう!