蟹に河豚、鰤、鰆、青首鴨など、力強い食材が揃った師走の献立
いつも冷静沈着で落ち着いた師(僧侶)ですら忙しく走り回る。「師走」は文字通り、年末のあわただしさを感じるひと月です。今年は、行動制限のない年末を迎えて、乃木坂しんもありがたいことに忙しく日々を過ごさせていただいております。
日に日に寒さも厳しくなってきております。みなさまどうぞご自愛いただき、良い年末年始をお過ごしください。
こんにちは、乃木坂しんの店主、石田伸二です。
観察することで深まっていった食材への理解
今年もあとわずかになってまいりました。12月は、1年の最後の月ということもあり「今年は、何ができただろうか」ということを振り返りながら過ごしています。以前なら日々の仕事のクオリティを少しずつ上げていきたいなど、料理について振り返ることが多くありました。しかしここ数年は、売り上げのことや従業員のことについて考えることも加わってきています。
一方で料理に向き合うということは、料理人である自分自身の根底にあることで、料理を一番に考えないといけません。そのうえで、今年はどうだったかを思い返していきます。
乃木坂しんが目指す「食材の味を引き出す」ということが自分の料理としてで表現できるようになったと思っています。それはどういうことかというと、変な言い方ではありますが、ようやく「自分の料理に落とし込めるようになった」ということだと思っています。
もちろん、これまで納得をせずに料理をしてきたという意味ではありません。これまでも、支配人の飛田と一緒に、試行錯誤をしながら二人三脚で献立を作り上げてきた、いわば共作といえる自信のある料理でした。しかし、どこかで自分と飛田の2つの意識が存在している部分もあって、お客様に「おいしい」とお褒めいただきうれしい気持ちの一方で、「そこは飛田の考え」というように分けて捉えている自分もいました。
しかし、今年で7年目になって2人の考えもかなり統一でき、2つの意識ということは関係なく、すべての料理が自分の考えとして落とし込めるようになったと感じています。
それは、もちろん積み重ねてきた時間もあると思いますが、もう一つ料理に向き合うことをやり続けてきたなかで、食材をより深く観察するようになったからだと思っています。
食材を観察するということは、食材の理解を深めること。それによって料理を組み立てる考え方が、「この食材の良さは何なのか」ということから始めることができるようになりました。そうしていくことで2つの意識を1つにすることができたのではないかと自分自身では考えています。
師走(12月)の献立は、先月の松葉蟹や香箱蟹、雲子に加え、河豚やあん肝、鰆に鰤といった冬を代表する食材が目白押し。乃木坂しんとしても、精力的に動いた今年1年の集大成として、力強い食材を勢ぞろいさせることができました。
1年の振り返りをしながら、ぜひごゆっくりお食事を楽しんでいただければ幸いです。
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先付|香箱蟹2種仕立て
はじまりのひと品は、酢飯とあわせた香箱蟹(メスのズワイガニ)の蒸し寿司の甲羅盛りと、ほぐし身の甲羅盛りを半分に割って盛り付けています。1杯分の甲羅盛りに見えますが、左右で酢飯ありと酢飯なしにわかれています。11月の献立に続いてのお料理です。
酢飯は白酢を合わせたもので、ほぐし身には内子を混ぜてあります。その上に外子と足の身を重ねます。
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前菜|あん肝と分葱 辛子酢味噌と酢ゼリー
あん肝(アンコウの肝)を今年はシンプルに仕立てました。じつは、自分自身も一番好きな仕立てでもあります。ここでも、ひと口ごとの味の変化を演出するため、辛子酢味噌と酢ゼリーを合わせるのではなく別々にかけています。
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椀物|松葉蟹と金時芋進上
ほうれん草と松葉柚子
金時芋(サツマイモ)の進上のほっこりとした甘味が、お出汁の風味を滋味深くする、ホッとするようなお椀です。松葉蟹(オスのズワイガニ)のほぐし身をのせ、ホウレンソウの軸と松葉のように細工した柚子の皮を盛り込んでいます。
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造り|もみ河豚 酢橘
厚めに切った河豚を塩揉みにし、シンプルに酢橘を絞って食べていただきます。噛みしめるごとに溢れる河豚本来のうま味を感じていただきたいと思い、あえて身は厚く切っています。
河豚のお刺身といえば、てっさのように薄造りにしてぽん酢で食べることを思い浮かべると思います。それもおいしいのですが、食べ方によってはポン酢の味が強く主張しすぎてしまうのと、薄い分、噛みしめる回数が少なく、河豚の味を感じる前に飲み込んでしまうことも多いのではないかと思っています。
塩は魚自体のうま味を引き出すものでもあります。塩を振って揉みこむことで河豚本来のうま味を引き出し、さらには咀嚼していくことで口内で河豚の香りやうま味をより感じていただく。お客様からも「河豚ってこんな味するんですね」というご感想をいただいているひと品です。
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漬け|鰤の漬けと酸っぱい海老芋
鰤のお寿司のように見える料理ですが、軽く漬けにした鰤の下は、酢飯ではなく酢で炊いた海老芋です。冷たい鰤に蒸したてでアツアツの海老芋、2つの食材の温度の差が口のなかで少しずつ均一になっていくとともに、鰤の香りと温かくなることで生まれる食感の変化を感じていただける料理です。
2019年に現代作家の鴻来有希さんとコラボレーションした食事会《心地よいズレ⦆で考案した料理で、鰤も海老芋も、食べる方にとっては珍しくはない食材ですが、食べたときに2つの食材の温度差と、予想以上に強い酸味の海老芋に驚かされると思います。
しかし、食べる前と食べた後のギャップだけでは「心地よさ」は生まれません。やはり料理はおいしくなければいけません。驚かされる酸味を利かせた海老芋が、しっかりと漬けにした鰤の風味や食感を引き立てることで、《心地よいズレ⦆という感覚が表現できたと思っています。
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八寸|鰆酒蒸し酢ゼリー、河豚唐揚げ
河豚皮煮こごり、くわいの揚げ煮、菊芋チップ
ホウレンソウと油あげのお浸し
「乃木坂しんの味をいろいろ楽しんでほしい」というのが私たちの八寸の考え方です。そのため、少しずつ盛り付けたお料理を食べながら、お酒が好きな方でしたら、お酒をもう1杯飲んでいただけるような八寸にしたいと思っています。
鰆は、酒蒸しに。蒸しすぎると食感が悪くなるので注意しながら蒸しあげていきます。また蒸す前に、しっかりと塩をして、身の中に塩味を入れておくことも大事です。ただ鰆の切り身を蒸すのではなく、どうしたらおいしい料理になるのか、「蒸す」という作業をするのではなく、料理を作っていることを意識しながら一つひとつの仕事をしていくことが大事だと思っています。
河豚皮煮こごりは、河豚の皮を刻んで味付けした出汁で煮て、河豚の皮のゼラチン質を引き出してから、冷やし固めた100%河豚皮の煮こごりです。
お正月のおせち料理では、クチナシとともに甘く炊いて煮物にするのが定番のくわいは、油で揚げてから出汁で炊いて揚げ煮にしています。ほどよくくわいの苦味とえぐみがアクセントとして残るように気を付けています。
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強肴|青首鴨炭火焼き、鴨そぼろと百合根饅頭
新潟県・燕三条から届いた青首鴨も、12月の乃木坂しんの献立で外すことができない食材のひとつです。
青首鴨とは首のまわりの毛が文字通り青い野生の真鴨で、フランスではコルベールと呼ばれる冬のジビエ料理を代表する食材です。できるだけストレスのないように獲りたいと、燕三条の猟師さんが銃や縄ではなく、網で獲っている鴨ということで、とても状態がよいのが特徴です。
毎年仕立てを変えながらお出ししている食材で、昨年は徳島県の名産・半田そうめんに、ピリリと山椒の利いた鴨肉の肉味噌を合わせた「ジャージャー麺」のような仕立てにしていましたが、今年はシンプルに炭火焼の鴨の胸肉を何もつけずに召し上がっていただこうと考えています。
モモや内臓は、細かく刻んで肉のそぼろのようにして、百合根饅頭の餡にし、別皿でご用意しました。1羽の鴨を、それぞれの部位に適した調理をしておいしく召し上がっていただく。そんなことを考えて作ったひと皿です。
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温菜|雲子と白菜、金時人参、キクラゲ
聖護院蕪のみぞれ出汁
旬を迎えた聖護院蕪を食べていただきたいと考えたひと皿です。鱈の白子(卵巣)である雲子のほか、金時人参や白菜といったご家庭で親しまれている食材をあわせて、お食事前にほっとひと息ついていただけるような料理になっていると思います。
すりおろした聖護院蕪に出汁を加えたうす葛仕立てのみぞれ出汁は、聖護院蕪の甘味をよく引きだしているだけでなく、白菜や金時人参、雲子、木耳といった食材の下支えになっています。
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食事|蟹の玉子とじ
または鯛滋味造り、またはそば米雑炊
お食事は、上の3つのなかから選んでいただきます。お腹に余裕があれば、少量ずつ全種類のご注文もできますので、ご遠慮なくお申しつけくださいませ。
毎月変わる卵とじは、今月は蟹です。玉子とカニのほぐし身だけのシンプルな玉子とじです。間違いないおいしさの蟹の玉子とじをぜひお召し上がりくださいませ。
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菓子|リンゴ葛焼き、生姜アイス
紅まどんなの水わらび
リンゴの葛焼きに合わせたのは、ハチミツと生姜、牛乳という相性のよい食材を集めて作った生姜アイスです。焼き立ての温かい葛焼きと冷たいアイスの温度差をぜひ楽しんでいただきたいです。
月替わりの水わらびの果物は、愛媛県のブランドみかんの「紅まどんな」です。
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師走の献立をこうしてみると、とても力強い食材が揃った魅力的なものになったと思っています。今年最後だからという気負いで意識的に強い食材を揃えたということではなく、あくまでお客様に今、食べてもらいたい食材を揃えたら、こうなったというのが正直なところです。
乃木坂しんは、今年7年目を迎えました。各地の生産者さんや、東京の魚屋さんや八百屋さんとの毎日の関係のなかからお力をお借りすることで、ここまで食材を揃えることができるようになったということでもあります。
これに慢心せず、お客様に喜んでいただけるようなお料理になるように日々努めながら、2022年の残り数日と、新しい年を迎えられたと思います。
少し早いごあいさつではありますが、本年も多くの方々のお力添えをいただき、誠にありがとうございました。来たる新年もどうぞよろしくお願いいたします。
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構成・文・撮影=江六前一郎