かわらぬ料理だからこそ、塩ひとつ、煮詰め方ひとつを丁寧にしていく|皐月の献立
自宅から自転車で乃木坂に通勤していると、気候の変化や道端の草花の移り変わりに心がとまることがあります。
少し前になりますが4月の終わり、いつも通り豊洲市場から店に向かう道で一斉に咲いたツツジのきれいさにはっとさせられ、思わず自転車を止めて写真を撮ってしまいました。
それからあっという間に、ゴールデンウィークが過ぎ、あっという間に夏の気配を感じる立夏になりました。
noteを読んでくださっている皆様のなかには、新年度も1カ月が過ぎて少しお疲れが出ている方もいらっしゃるかもしれません。体調を整えて、梅雨から夏にかけて、健やかにお過ごしいただけることをお祈りしております。
こんにちは、乃木坂しんの店主、石田伸二です。
妙高高原の山でひらめいた猪と筍の料理
2022年の暦では、5月5日に立夏が過ぎました。食材を見ても、稚鮎や北海道のグリーンアスパラ、蛸といった夏の食材が少しずつ現れてきています。油目(アイナメ)や金目鯛などは脂がのってきてとてもおいしい時期です。一方で、うすい豆や空豆、筍、貝類といった春の食材の名残もあります。
そういった、季節が重なる境目の1カ月が皐月(さつき)で、実は献立をまとめるのに苦労することが多かったりもします。今月でいえば、メインになる強肴のお料理を牛肉にしようか、ほかのお肉にしようか、直前まで決めきれずにいました。
そんななかゴールデンウィーク前に、妙高高原の奈潟轍さんのもとへ山菜を採りに行ってきました。
山の中に入って、天然の山うどやアザミ、ウコギ、ウルイといった山菜を採り歩くと、とたんに心も身体もリフレッシュされるのは、もともと故郷の徳島の山の中が遊び場だった、僕にとって山の中の方が都会よりもリラックスできる場所だからなのだと思います。
山菜採りのために山を歩いていると、筍がニョキっと生えてきているまわりに、ボコボコと穴があることに気づきます。不思議に思って奈潟さんに聞いてみると、「猪が筍を食べようと穴を掘った跡だよ」と教えてくださいました。
さらに「料理でも、猪と筍を合わせるとおいしいよ」と、教えてもらったことで、「そうか、猪と筍はおもしろいかも」と、一気にお肉料理が決まったのです。こういった料理のインスピレーションをもらえるのも自然のなかに入る楽しさだと思っています。ぜひ、妙高高原で生まれたひと皿をお楽しみいただきたいです。
もちろん、猪と筍以外のお料理も、最良の食材をご用意しております。境目の季節ということもあって、献立の食材も1カ月の間で少しずつ変わっていくと思います。だからこそ、この一瞬しか食べられない皐月の献立をぜひ味わいにお越しください。
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先付|桜海老の茶碗蒸し、生ウニ
出汁あん、山葵
春の食材である桜海老は、かき揚げなどのようにするとサクサクとした食感と甲殻類らしい香ばしさがおいしいですよね。一方で、海老らしいうま味やもともとある香り、甘さもあると僕は考えています。
そこで揚げて食べる味わいとは違う、桜海老のおいしさを楽しんでもらえる料理はないだろうかと考えたのが、今回の茶碗蒸しです。
桜海老のお出汁だけで作ったなめらかな茶碗蒸しを、生ウニや出汁あん、山葵とともにお召し上がりください。
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前菜|グリーンアスパラ、毛蟹
河内晩柑、山うど甘酢漬け
山菜すり流し、出汁ゼリー、オキオリーブ
北海道あっさぶ町のアスパラガス専門農家「ジェットファーム」のグリーンアスパラガスが今年も届きました。長谷川博紀さんのお名前から「ハセパラ」の愛称で知られる春アスパラガスです。
お出汁や味を加えていない山菜のすり流しに、塩と薄口醤油で味をつけた出汁のゼリー、毛蟹や河内晩柑、山うど甘酢漬けとともに召し上がっていただきます。
酸味や甘味、苦味といった味わいの要素が多いひと皿ですが、最後に数滴たらした香川市で澳敬夫さんが作る「澳オリーブオイル」の香りとわずかな辛みが全体をまとめてくれています。
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椀物|油目椀、うすい豆豆腐
たらの芽、木ノ芽、梅肉
アイナメ(油目)は、3月からおいしくなる魚で、弥生(3月)の献立では炭火焼きにして八寸のひと品としてお出しはしていました。お椀にすることもできたのですが、アイナメにするなら脂がのって1年で一番おいしい5月にするべきだと思い、春から献立に入れるのをずっと我慢しつづけたひと品です。
鰹節と昆布の一番出汁に、湯引きしたアイナメ、うすい豆をペーストにして胡麻豆腐のように作ったったうすい豆豆腐、たらの芽、梅肉、木の芽とあわせてお椀にしています。
(Youtubeでアイナメ愛を語っていますので、ぜひご覧ください!)
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造り| マコガレイと平貝、白ズイキ海苔和え
マコガレイと、先月は、八寸のひと品として唐墨を合わせた愛知県・日間賀島産の平貝のお造りを、あしらいで白ズイキを貝類と相性がよい海苔で和えた付け合わとともに召し上がっていただきます。
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炙り|金目鯛の炙り、煎り酒ゼリー
茗荷けん
金目鯛炙りと煎り酒ゼリーは、乃木坂しんの初夏の定番です。
金目鯛は脂が強いお魚ですので、お造りではその脂をうまく使っていかないと、邪魔になってしまいます。そこで湯霜(熱湯をかけたりして、材料の表面だけに熱を通して霜降りにする)にしてから炙ることで、余分な脂を抜いていきます。さらに、醤油よりも古い日本の調味料で酸味の利いた「煎り酒」(日本酒に梅干等を入れて煮詰めたもの)にすることで、金目鯛の脂を切ってくれると思います。
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揚物|稚鮎唐揚げ、西瓜あん、実山椒
5月から6月にかけて海から川を遡上する稚鮎は、夏の食材「鮎」に対する走りの食材です。
鮎は、ふっくらとした身質と内臓のほろ苦さにおいしさがあると思います。「香魚」とも呼ばれ香り高い食材としても知られていて、スイカやキュウリの香りがするなんていわれますよね。
稚鮎も鮎と同じようにふっくらとした身質と内臓のほろ苦さが魅力ですが、成魚の鮎に比べると味わいがより繊細です。その繊細な身質と苦味を活かしたいので、生きたままの稚鮎を氷でしめて動きを鈍くさせてから、葛粉で打ち粉して素揚げにしています。
素揚げした稚鮎の下には、お口直しで冷やしたスイカのあんをしいています。この組み合わせもお客様の評判が大変よく、もう何年も5月の定番としてお出ししています。
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八寸|カサゴの蒸し煮とウルイ
空豆の白和え、鯛の粽
アオリイカと蓬麩の木ノ和え
蓴菜お向(白玉)
「乃木坂しんの味をいろいろ楽しんでほしい」という思いを込めて作っている八寸。今月もいろいろな食材をとり揃えました。
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強肴|猪と筍、クレソンお浸し
冒頭でもお話しした通り、妙高高原の山の中で思い浮かんだひと皿です。
猪ロースのスライスを、やや甘めの割り下で火を入れ 出汁で炊いた筍を割り下でからめてから盛り付けました。お浸しにたクレソンも、妙高高原で採ってきた天然のクレソンです。黒七味をかけてお召し上がりください。
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炊合|小芋、蛸小豆煮、南瓜、山菜
冷たい炊き合わせです。立夏の訪れを意識して、蓋つきのガラスの器とともに清涼感のある炊き合わせを意識しています。
蛸は小豆煮に。小豆と炊くことによって、甘味がのってくるのと、蛸の赤い色がきれいに出ます。小豆が潰れるぐらいまで蛸を炊いてから味を入れるというのが昔からの目安で、うちでもしっかり小豆が手で潰れるまで炊いています。炊く時間は、水と酒で2時間くらいです。そのあと、砂糖と濃口醤油で味を付けています。
食事|煮穴子と牛蒡の玉子とじ
または、鯛の滋味造り
または、そば米雑炊
お食事は、以下の3つのなかから選んでいただけるようにしています。
①月替わりの玉子とじは、「煮穴子と牛蒡の玉子とじ」です。
今月の玉子とじ、実はどうしようかすごく悩みました。鯛などの白身魚でも卵とじができますし、イカや蛸でもできる。火が入っておいしい食材ならなんでも玉子とじにできてしまうからこそ、「なぜ玉子とじにしたか」という理がないとだめだと思うからです。
今月使ってない食材を考えてていくなかで、アナゴが思い浮かびました。さらに先月まで長芋を使わせてもらっていた岩手県の大久保農園さんのお父さんの牛蒡がおいしかったのを思い出し、牛蒡と一緒に甘辛く味をつけたアナゴを玉子でとじようと考えました。絶対においしい組み合わせですし、なによりお客さまも楽しみにしてくださるのではないかと思っています。
なお、毎月の玉子とじと同じ考え方でご家庭でも再現しやすい親子丼の作り方をYouTubeで紹介しています。ご興味ある方はご視聴いただき、ぜひ作ってみてください。
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菓子|水甘露(わらび餅、マンゴー、苺)
「水甘露」(または甘露水)は、一般的には甘味を加えた水のことで、ジュースのようなものです。
今回は、フレッシュの酢橘と和三盆を加えた酢橘の水甘露に、わらび餅とこれからどんどんおいしくなるマンゴー、そしてイチゴを加えてあります。立夏らしい清涼感のある菓子を最後にお楽しみください。
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今月も、魅力的な様々な食材を取り揃えながら、みなさまのご来店を心よりお待ち申し上げております。
「乃木坂しん」店主 石田伸二
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構成・文・撮影=江六前一郎