〈著書紹介〉わたしたちは、合理的な決断ができない?
あなたは、以下のものを購入するに際し、どの商品を選ぶでしょうか?
●〈エコノミスト誌〉=イギリスの経済専門誌の定期購読
➀エコノミスト・ドット・コムの1年間購読(ウェブ版) 59ドル
②印刷版の1年間購読 125ドル
③印刷版およびウェブ版の1年間セット購読 125ドル
どうでしょうか?
この選択肢から少なくとも②を選ぶことは有り得ないような気がします。
では、研究の一環で駆り出されたマサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院の院生100人の選択の結果はどうであったか。
①ウェブ版のみ購入59ドル 16人
②印刷版のみ購入125ドル 0人
③印刷版とウェブ版のセット購入 84人
この販売手法は、③を選ばせるため、②を「おとり」に使った例です。
では、次の場合でしたらどうなるでしょうか?
●〈エコノミスト誌〉=イギリスの経済専門誌の定期購読
➀エコノミスト・ドット・コムの1年間購読(ウェブ版) 59ドル
②印刷版およびウェブ版の1年間購読 125ドル
さて、MITの学生たちは同じ判断をするでしょうか?
①ウェブ版のみ購入59ドル 68人
②印刷版とウェブ版のセット購入 32人
なんと①ウェブ版のみ購入を選んだ人が増えたのです。
では、場面を変えて、新婚旅行でローマにしようか、はたまたパリにしようか悩んでいるカップルが、この選択肢でどれを選ぶでしょうか?
●新婚旅行のヨーロッパへ行く計画(料金はどれの均一)
①ローマでの朝食無料サービス付き1週間
②パリでの朝食無料サービス付き1週間
③ローマでの朝食無料サービスなし1週間
この選択肢は、ローマかパリかどちらも甲乙つけ難いとき、③の「おとり」を使って➀にいざなうよう仕向けた選択肢であります。
というのも③の朝食無料サービス抜きの劣った「ローマ」を提示することで、➀の朝食無料サービス付き「ローマ」がより引き立つ。
➀の内容が、よく見えるということですね。
なぜ、こんなことが起こるのか?
『人間は、物事を絶対的な基準で決めることはまずない。物事の価値を教えてくれる体内計などは備わっていない。他のものとの相対的な優劣に着目して、そこから価値を判断する。』ということから起こると考えられます。
では、この選択肢はどうでしょうか?
●テレビの購入
①パナソニックの36インチ 690ドル
②東芝の42インチ 850ドル
③フィリップの50インチ 1,480ドル
たいていの人は、真ん中の②を選ぶようです。
レストランのメニューでも、値の張るメイン料理をメニューに載せると、たとえそれを注文する人がいなくても、レストラン全体の収入は増えるそうです。
なぜなら、たいていの人は、メニューのなかでいちばん高い料理は注文しなくても、次に高い料理なら注文するからだそうです。
そのため、値段の高い料理をひとつ載せておくことで、二番目に高い料理を注文するようお客様をいざなうことができるようです。
価格のアンカリング
動物学者のコンラート・ローレンツは、卵からかえったばかりのひなが、初めて遭遇する動く物体(ふつうは母鳥)に愛着を持つことを発見しました。
いわば「刷り込み」です。
雁に当てはまることは人間にも当てはまります。
値段に関するアンカー(錨いかり)によるアンカリング(係留)も例外ではないようです。
コーヒーメーカーにも業者の希望小売価格がついています。
住宅にも価格がついています。
だが、値札そのものがアンカーとは限りません。
値札の価格は、わたしたちが商品やサービスをその価格で買おうと思ったとき、初めてアンカーとなります。
刷り込みが起こるのはこのときです。
この値段で買おうと決めたとたん、今後の決断が、その商品のアンカーとなります。
「この腕時計は値段が高い。なぜなら自分が買おうと思っているものの値段より高いからだ」
「この自動車は値段が格安。なぜなら自分が買おうと思っているものの値段よりはるかに安いからだ」
と心理的にはこうなります。
このような実例でみるように、わたしたちの日常生活での決断は、不合理にされているのです。
そしてもう一つ。「無料」
これが絡むと、さらに不合理な決断に拍車をかけそうですね。
「無料」は、わたしたちにとって特別な力をもって、行動の様々なところで確実に影響を及ぼしております。
予想どおりに不合理 ~行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」~
著 ダン・アリエリー
訳 熊谷淳子
早川書房