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Day①-3エルサレム 人の営みと歴史の葬り方

世界遺産に暮らす人々

エルサレム旧市街をあてもなく散策。
そこには、宗教にまつわる施設や商店だけでなく、
他の街と同様、人の営みがある。

嘆きの壁に隣接する広場から
階段を上ったり、坂道を下ったり。
気づけば、一般の家に行き当たる。
でも、その建物は日本のように
1つ1つが独立しているのではなく、
何なら城壁と継ぎ目なくつながっているようにも見える。
歩いていると、自分が今どの位置にいるのか、
どの階層にいるのか、よくわからなくなる。
さながら迷路のよう。一見さんは必ず迷う。
ウーバー配達員は、ここでは無力か。

独立した家屋は見当たらず GoogleMapsなしに迷子は必至

昼飯は、道中で目があった兄ちゃんの店。
ファラフェルサンド20シェケル+オレンジジュース15シェケルなり。
ファラフェルは、「ひよこ豆のコロッケ」。
エジプトが発祥とも、はたまた他の地域発祥とも言われるが、
これもまた、各地方に散らばるユダヤ人が再集合する中で
元々住んでた地域の食事も持ち込まれ、
イスラエル名物となったという話も。
サンドの中には、シーザードレッシング風の白いソース。
味は悪くない。でもうまくもない。
そして、見た目の想像と違い冷えている。そんなもんか。
それにしても量が多すぎる。半分残してカバンの中へ。

パンの中に「ファラフェル」と野菜+ジュースで1400円超

誰が歴史を残し、何を歴史から葬るか

いろいろ歩き回ったけど、気づけば旧市街で初めにくぐる
「Jaffa Gate(ヤッフォ門)」に戻って来てしまう。
なんとも不思議。この迷路。
 
そういや「城壁の上歩き」がタダでできるらしいから
Jaffa Gateからすぐのエントランスから突入!
城壁の上からは、旧市街の違った表情が見られるそう。
期待しながら入り口そばのトイレで用を足し、いざ!
…と思ったら、
ツーリストインフォメーションでeチケット買えって。
いや、階段登る前にFree Entryって看板出てたやん。
さてはチラ見せ?
しかも、ツーリストインフォメーション、さっき閉まってるの見てたし。
いろいろチグハグ。まあそんなもんか。

とりあえず、15時にチェックインできるって言ってたホテルで
手続きを済まそう。

さりげない「The Ramparts Walk(城壁巡り)」の文字

道中、エルサレム中心部の新市街側にある「Mamilla墓地」を通過。
墓地というか、寂れた公園のような印象。
実はここ、昔のイスラム教徒が眠る墓地で、
遅くとも12世紀にはこの地に存在したそう。
しかし、今はイスラエルの支配下にあり、
ムスリムによる管理もおぼつかないためか
荒廃した状態で佇んでいる。

過去には、イスラエル・ユダヤ側が「博物館の建設」を名目に、
この墓地をなきものにしようとしたこともあったそうな。

ユダヤ教とイスラム教。
本来は「兄弟の宗教」であるはずなのに…。
長きにわたる対立の影響は、
歴史ある遺跡・遺産の保存のあり方にも影響を及ぼしている。

英国委任統治当局も認めた史跡「マミラ墓地」
多くの人が行き交う新市街にあって「マミラ墓地」は異質な空気が漂う

ホテルに向かいながら、気づけば15時に。
ほんの少し、街が静かな印象。
今日は、ユダヤ教の安息日「シャバット」か。
どんどん閉まっていく、通り沿いの店。
昨夜、遅い時間だからと購入が拒否されたビール。
その教訓を踏まえて、今日は早めに買っておこう。
ホテル向かいの売店。ここも16時30分には閉めるんだって。

つづく

この記事は、30代のテレビ制作者である筆者が、ガザでの戦闘開始から遡ること半年前の2023年春、イスラエルとパレスチナを一人旅したときに書き留めたノンフィクション日記です。
本業では日々のニュースを扱う仕事に関わり、公正中立を是としていますが、この日記では私見や、ともすれば偏見も含まれているかもしれません。
それでも、戦争・紛争のニュースばかりが伝えられるこの地域のリアルを少しでも感じてほしいと、自身の体験や感情をありのままに綴ります。
いつかこの地に平穏が訪れ、旅行先として当たり前の選択肢となる―。
そして、この日記が旅の一助となる日が来ることを信じて。

TVディレクターのおちつかない旅 筆者

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