アンラーンするべき介護業界
2022年3月5日付けの朝日新聞朝刊の書評で気になっていた、柳川範之・為末大著『Unlearn 人生100年時代の新しい「学び」』。個人が成長するためにも、「アンラーン」という内省的思考が欠かせないことを改めて認識する一方で、高齢者介護・認知症ケアの現場にも必要な概念であると考えた。
僕は、主にグループホーム(認知症対応型共同生活介護)を全国展開している企業の一つの事業所に勤めているが、それでも他の事業所との交流は皆無である。認知症高齢者とは、自分が勤める事業所の利用者のみを指し、人間関係は20人にも満たない事業所の同僚、普段一緒に働く人となると10人以下――すなわち非常に「閉鎖的」なのである。
ましてや利用者の家族や一般の方など、頻繁に外部の目に晒されることもない。「利用者」と「介護職員」という閉じた人間関係で、ほとんど毎日が成り立っている。そんな環境においては、意識的にケアの質の向上に取り組まなければ、残念ながら「不適切ケア」や「虐待」の温床になってしまうと言わざるを得ない。
そこまで極端な例ではなくとも、自分の事業所の「常識」が、他の事業所からすれば「非常識」なこともあるだろうし、介護での「常識」が世間一般では「非常識」ということもあり得る。本書では「個人スキル」と「カルチャー対応スキル」の区別を推奨していたが、まさに介護の現場に必要な考え方だと思う。介助方法や業務内容も各事業所の「色」が強い分、なぜそれをする必要があるのか、他にもっといい方法はないのか、と根拠を明確にして考えなければならない。「これがうち(自事業所)のやり方だから」「ホーム長が決めたから」などといった「思考の放棄」を放棄するべきだろう。
とはいえ介護業界は人材不足で、かつ利用者との人間関係、それに伴って利用者が得る安心感などを考慮すれば、頻繁な人事異動は現実的ではない。しかし例えば半年や数ヵ月限定で介護職員同士を交換したり、1ヵ月に数回他の事業所に勤めたりするだけでも、自分が勤める事業所の「良さ」と「もっと良くするべき点」が分かるはずだ。
このような「アンラーン」を目的とした介護職員交換制度は、個人の内面にその効果を期待するものなので、数値的なメリットを示せない分、その導入は難しいかもしれない。しかし介護事業所に必要なのは、「カルチャー対応スキル」ではなく、「アンラーン」的視点を持った「個人スキル」の高い介護職員であり、それは利用者へのケアの質に必ず反映される。介護職員には「介助スキル」や「コミュニケーション能力」よりも「自分で考える力」が求められるし、認知症ケアや人間関係、ひいては「ケア」という変化が当たり前の世界においては、それに柔軟に対応していくことが、介護職員のあるべき姿だと考える。