今週のニュージーランドの新聞記事より- 人種を医療の優先順位を決める要素にするべきか否か
ニュージーランドで総合診療科医などをしています。
また週末ですね。
この週末には、ニュージーランドではデイライトセイビング(サマータイム)が始まります。
もう夏か。クリスマスももうすぐそこです。笑
今日カフェで読んだ新聞には、いくつか医療と教育に関する記事がありましたが、その中で、この記事を最初に取り上げることにしました。
元記事はオンラインで探せなかったのですが、関連した記事はこちら。
ニュージーランドには、先住民であるマオリ人、後から来たヨーロッパ系白人、他の国から来た移民などいろんな人種で溢れています。
人種問題が、他の国に比べ比較的少ない日本では、あまり皆さん考えたことがないと思いますが、人種により、平均年齢や手術を受ける人の割合など、いろいろな事について統計上有意差があることがわかっています。
白人に比べ、マオリ人の平均寿命は短い、肺がんになる人が多い、股関節置換手術を受ける人が少ないなど。
ニュージーランドにはワイタンギ条約が過去に締結されたことから、マオリの人たちが、白人の人たちと同じように扱われる事は重要視されています。
その為、「マオリ人の医療、健康に関する値が統計上、白人に劣るのに、何もしないのはワイタンギ条約違反だ」という議論がバックグラウンドにあったのだと思います。
2022年に、前政府はマオリの人の為と、その他の人種のための、二つの医療に関する政府の機関を作りました。
Te Aka Whai Ora (English: Māori Health Authority (MHA)) がマオリ人に特化したの機関であり、Te Whatu Oraがその他の人種を含め、全体をカバーする機関です。
結局昨年、政府の与党がNational party に変わって、Te Aka Whai Ora は消滅しました。
(元々、National partyはTe Aka Whai Oraを作るのには反対だったのです。)
Te Aka Whai Oraがある時は、例えば同じ条件の患者さんがいたら、マオリ人の患者を優先して手術する、など、マオリ人に関する医療統計が良くなるような手段が取られるようになっていました。
現在でもある薬は、マオリ人であれば政府の金銭的補助が得られるとか、大腸がん検診は、普通は60歳から始まるところ、周り人は50歳から始める、など、マオリの人の健康を少しでも向上するために政府はお金を費やしています。
私は、個人的にTe Aka Whai Oraができたときにショックを受けました。
「これって逆人種差別じゃないの?」
もちろん、白人の健康だけを扱う機関が設立されたのであれば、絶対「人種差別」として、世界中から非難されますよね。
「マイノリティー」だけを扱う事は、正当化されるってことかな。
もちろん、医療従事者として、マオリの人たちの健康が改善されることには非常に興味があります。
「できてしまったならしょうがない。じゃぁマオリ人の医療統計を良くしてくれ」
とある意味Te Aka Whai Oraに期待をしていたのですが、結局何かが改善したかどうかは不明です。
(多分明らかな改善があったのであれば、Te Aka Whai Oraを潰すことにはならなかったと思うので、多分統計として出る値には変わりがなかったと言う事かな。)
ここからが、本題です。笑
1.マオリ人の目指す健康は何かを知る事が必要
「マオリ人の健康」と言った時に、指標にしているのは白人たちが作った「寿命」とか「病気の罹患率」とか「病院へ紹介される率」とか「手術を受ける数」とかです。
ただ、それがマオリの人の目指す「健康を示す指標」になっているかどうかが疑問だと私は思うのです。
マオリ人と話をしていて、よく聞くのは
「薬を飲みたくない」とか「処方された薬からマオリの伝統的な薬に変えた」と言う薬に関する発言。
「手術はしたくない」とか「病院に紹介状を送ってもらわなくてもいいよ」とか言うセカンダリーケア(病院で行われる形)を避けようとする発言。
マオリ人であることを意識して、私がそれでも無理強いして紹介状を送ると、結局は病院のアポイントメントをすっぽかす、と言う行動。
白人の視点から見ると、無責任な行動のように見えますが、多分これはマオリの人の文化的な視点から見た医療の捉え方なのかなと思います。
医療健康に関する概念が違うときに、白人社会の指標を使って、周りの人の健康状況を図ることが適切なのかどうか。
その辺を、私はTe Aka Whai Oraに明らかにして欲しかったなと思います。
2.マオリ人の健康を損ねる、他の要素を改善することが必要
これは、資料を探していないのですが、マオリの人の健康を損ねる要素として、経済的な問題や教育の問題が大きく関わると思います。
収入が少なくて、安く買えるソフトドリンクや食パンでお腹を膨らましていたら、それ自体健康に影響するでしょう。
教育レベルが低くて、何が健康的な生活であるかの知識がなければ、不健康な生活を送り続けるでしょう。
経済的にな困難は、精神的なストレスを招き、家庭内での虐待にもつながります。これらはさらに彼らの健康状態を悪化させます。
もちろん、経済的に医者の診療費を払うことが難しければ、診療を受けることない。
結局は、政府がこういうことを総括して、状況を変えていかない限り、「医者がマオリの人を優先して紹介するとか手術する」とか、いうレベルの介入では、本質的には改善しないと思うのです。
政府がもっと本質的なところを見て、改革に向かう事を期待しています。
(まあ、今まで期待し続けて何も改善しなかったから、実際は余り期待していないのですが。笑)