プレイスポットデイトライン、または新宿二丁目盛衰記(その1)

紀伊國屋書店新宿本店1階には「新宿の棚」というコーナーが設けられており、『ノルウェイの森』や『ゴールデン街コーリング』のような小説、『台湾人の歌舞伎町』や『新宿駅大解剖』といったノンフィクションなど、新宿にまつわる多種多様な本が並んでいます。

脇にいるのは創業者である田辺茂一さん(を模した人型のパネル)。往時の新宿を豊富なエピソードとともに活写した名著『わが町・新宿』も、数年前、当の紀伊國屋書店からめでたく復刊されました。

わたくしの手元にあるのは、1981年、いまはなき旺文社文庫から刊行された版ですが、新版のページをめくってみると、単なる復刻ではなく、田辺さんとかかわりのある文化人28名が記した「紀伊國屋と私」も併録されているではありませんか。いずれ買わなければ。

そのかわりに購入したのが、新刊として面出しされていた伏見憲明『新宿二丁目』(新潮新書)。世界に名だたる〝ゲイタウン〟の来歴をていねいにたどった1冊です。

同時期に刊行された橋口敏男『新宿の迷宮を歩く 300年の歴史探検』(平凡社新書)は、新宿歴史博物館の館長が、俯瞰した視点から客観的に語る、いわばオフィシャルな物語ですが、『新宿二丁目』はタイトルどおり、新宿二丁目という限定された地域に焦点を絞ったうえで、第2次世界大戦での敗戦から1960年代の動向を中心とする、パーソナルな挿話たちで埋めつくされています。

前者の歴史が表の顔だとしたら、後者で語られる出来事は裏の顔といっていいでしょう。

もちろん、新宿はメビウスの輪のような構造になっていて、表だと思っていたらじつは裏だったり、裏だとおもっていたことがあんがい表だったりというような街ですから、新宿二丁目というちいさなエリアで生起したあれこれのエピソードは、そのまま新宿の地霊(ゲニウス・ロキ)の精確なポートレートを描き出すことにつながっています。生成変化する怪物都市・新宿には、細部や断片を地道にすくいあげていくアプローチも大切なのです。

細部や断片を地道にすくいあげていくアプローチ? 店頭で『新宿二丁目』を手にして、冒頭のページをひらいた瞬間、「この本はぜったいに買わなければ!」と思った理由もそこにあります。

というのも、伏見さんは大宗寺のちかくにあった古本屋「昭友社書店」の消滅に地団駄を踏んだことから筆を起こし、おなじく、その隣で廃墟と化していた謎の昭和遺産「プレイスポット デイトライン」に触れているのです。(つづく)

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