![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/162567845/rectangle_large_type_2_d7119aac034e15e44806e0c837932471.png?width=1200)
Photo by
cinemakicks
祖母は運河を流れ祖父と草原を駆けた(30分で書く嘘日記)
祖母が今日、運河を流れていった。
針仕事を生業とする私たちは皆生まれてすぐに針を持たされ縫い続け刺繍をし続け歳を取ると失明する。だから目が見えなくなっても針を使える。失明した後には今までのどんな仕事よりも時間をかけて一枚の布に細かく細かく刺繍をする。寿命がくるとその布を死装束として纏い小舟に乗せられ海へ還る。
祖父に会いに行くことにした。
祖父は祖母の編んだ草原の中で狩りをして生きてきた。歳を取ると少年として草原の中で生き続けそこから出ることはなくなった。やがて太陽に体が干されるその時まで。それもまた私たちの生業だった。
久々に会った祖父は真夏の日差しの下でまた少し幼くなっていた。笑顔はますます澄んでいた。
祖母が亡くなったことを伝えると笑顔が微笑に変わった。ともに過ごした記憶は遠く、それだけに祖父の中で抽象的な喜びとして染み付いているのだろうと思った。祖母の死装束には草原があしらわれていた。
ものを言わない代わりに今や何にでもなれる祖父は馬になり一緒に駆けた。私が疲れると背中に乗せてくれゆっくりとゆっくりと歩いた。幼い頃遊び疲れて機嫌が悪くなり泣くと祖父がおぶってくれていたのを、初めて思い出した。
祖父に別れを告げ街に戻った。運河に日が沈んでいく。今日が終わる。あの向こうに海がある。草原がある。この街から出たことがないから本当の海も草原も見たことがない。針によって私たちは世界を描きその世界で生き続ける。それは不自由でとても幸福なことだ。