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『夜、鳥たちが啼く』

昨年末に渋谷CINE QUINTOで『夜、鳥たちが啼く』を観た。公開直前に作品のことを知り、佐藤泰志作品の映画化というその一点で興味をひかれたのだけど。

僕が最初に映画館(たぶん新宿武蔵野館だったと思う)で観た佐藤作品は『きみの鳥はうたえる』で、最後のカットでぷつりと世界が区切られたあとも、ずいぶん長いことスクリーンの一点を見つめていたものだった。
ちょうど僕が十代のはじまりの頃、半年間だけ札幌で過ごしたあの懐かしい日々の記憶を、ありありと思い出させるだけの引力みたいなものが作品全体から感じられたから。

そのあと、立て続けにAmazonプライムで『オーバー・フェンス』と『そこのみにて光輝く』を観た。どの世界も味わいがあって気に入ったけれど、やはり佐藤作品の中では『きみの鳥はうたえる』が頭ひとつ抜けて好きだ。
あの簡単に壊れてしまいそうな朝の札幌の風景が、いつまでも心の奥に灯り続けているような気がする。

そういったわけで本作についても無条件にチケットを購入したのだけど、とくに終盤は想像していたのとは違った展開で、それでもどこか他の佐藤作品と通じるところが感じられて、印象的な作品だった。

主演のお二人について言えば、山田裕貴さんのことは「わりと人気のある役者さん」ということ以外なにも知らない。松本まりかさんのことは、なにかの作品で顔を見たことはあったように思うけれど、やっぱり具体的なところはわからない。ただひとつ言える事として、これからの僕は、駅の待合室で相合い傘の落書きに "M.M" というイニシャルを見かけても、即座にMr.マリックの事だと決めつけることなど出来なくなるのだろう。
お二人についての(もしくはMr.マリックを含めた三人についての)前提知識みたいなものが空っぽだったことが、個人的には良い方向に作用したのかもしれない。気がつけば僕自身もプレハブのカーテン越しに、その世界に潜む理不尽な暴力に震え、形容できない程なまめかしい声に痺れていた。

また、エンドロールを含め、要所で流れる音楽には観る人の心を優しく包み込むような趣があってとても心地よかった。「十代のはじまりの頃に札幌で暮らしていた」という何の救いもない無価値な僕の嘘さえ、そこでは赦されるような気がした。

そして、ここへ来てなんという偶然か、この映画を観た翌週には『ケイコ 目を澄ませて』が公開されることがわかった。『きみの鳥はうたえる』の三宅唱監督作品。この世界は鳥とささやかな嘘でつながっていたのだ。


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