侠客鬼瓦興業 第32話 所場割りと、べっこう飴の神、山さん
鉄の言う、すべるの名所を通り過ぎてからしばらく走り、ワゴン車は川崎のお大師さんの裏境内へと入っていった。
到着した駐車場には、僕達と同じような荷物を積んだワゴン車が、所狭しと並んでいた。銀二さんは空いているスペースに車を止めると追島さんに声をかけた。
「追島の兄い、つきましたよ」
「んー、おう・・・」
追島さんは眠そうに大あくびをしながら車から降りた。
「それじゃ、ショバ割り行ってくるから、お前ら準備しとけ」
銀二さんと僕たちに追島さんはそう告げると、近くにいるガラの悪そうな人たちと、挨拶をかわしながら神社の境内の方へのっしのっしと歩いていった。
「ショバワリ?」
僕は車から降りながら銀二さんに尋ねた。
「ん?ああ、場所割りのことだよ、このあたりの庭場の親分さんに挨拶してな、うちがどこにどんな店構えるか、世話してもらうんだよ」
「はあ・・・」
「俺たちテキヤってのはな、あっちこっちの仲間同士でお互いに助け合いながら、生きいてるってわけだ。ここではここの親分さんに世話してもらって、地元に帰れば、逆に俺たちがよそ様の世話させてもらうんだ」
「お互いのお世話を?」
「俺たちは博徒ヤクザとはちがう、商人だっていう伝統と精神を大切にしてるわけだ」
「伝統と精神・・・ですか」
「よー銀ちゃん、久しぶりだなー」
僕と銀二さんが話しているところへ、口ひげに短いパンチ頭のこわもてのおじさんが現れた。
「山さん、こんちわーす、今日はよろしくお願いしますー」
銀二さんは、両膝に手をあてながら、挨拶をしたあと、僕を振り返った。
「おい、吉宗!」
「あ、はい!」
僕は慌てて銀二さんの後ろで、前にならった挨拶をした。
「おはようございますー!!」
「ほう、君が一条吉宗か、噂は聞いているぞー」
山さんと呼ばれる口ひげのおじさんが、笑顔で僕に話しかけてくれた。
「えっ、噂って?」
僕はビックリして目をきょとんとしていた。
「警視庁捜査四課のハゲ虎相手に、一歩も引かなかったんだろ、それに熊井ちゃんとも互角に渡り合ったって、鬼瓦興業に一条吉宗あり!うちの若いもんの間でも噂の的だぞ・・・」
「ぼ、僕が噂の的・・・ですか?」
「ああ・・・、でも以外だな、もっとごっつい男かとおもったら、こんな可愛いお兄ちゃんだったなんて、ははは、それにしても、男前だなー、さぞもてるんだろう」
「いや、そんな僕は・・・」
照れ笑いを浮かべている僕の肩を、銀二さんがポンとたたいた。
「吉宗、こちらの山さんはな、べっこう飴の神様といわれている方なんだぞ」
「べっこう飴の神様・・・、ですか?」
僕は目をキラキラさせながら山さんを見つめた。
「おいおい、そんな穴の開くような目で見るなよ、恥ずかしいじゃねーか、ははは」
「後でその技見せてもらえよ、参考になるからな」
銀二さんはそう言いながら、ワゴン車の後ろのドアを開けた。そこへ追島さんが一枚の紙を手に戻ってきた。
「あ、山さん、ご無沙汰してます」
追島さんは山さんに丁寧に挨拶をすると、僕達に声をかけた。
「銀二お前はここで、たこ焼き、鉄、お前はここで氷かきだからな・・・」
銀二さんと鉄は、追島さんの持っている境内の場所割りを見ながら返事をした。
「吉宗、お前は銀二の隣で赤タンだ」
「赤タン?」
「金魚すくいのことだよ」
銀二さんが僕にそう教えてくれた。
「僕が金魚すくいですか?」
「何か文句あんのか、こら~!」
追島さんはさっきの泣き顔とは打って変わった、いつもの鬼軍曹にもどって僕をにらみつけた。
「いや、文句なんて無いです。ハイ!」
「それじゃ支度しろ、銀二、このボケに赤たんのやり方しっかり教えとけよー」
「ハイ」
追島さんは銀二さんにそう告げると、そのゴリラのような太い腕で、大きな三寸をかかえて境内の中にのっしのっしと歩いていった。
「お前、赤たんかー、うらやましいなー」
銀二さんはうれしそうに僕を、手にもっていた三寸の柱でつっついた。
僕達を見ていた山さんも、うれしそうに声をかけてきた。
「赤丹、水チカ、ツンパ、パイオツの余禄付き・・・だな。ははは」
「赤丹、水チカ、ツンパ、パイオツ??」
僕は不思議そうに銀二さんと山さんを見た。そんな僕を銀二さんはいやらしい目をしながら再び突っついてきた。
「赤丹は金魚すくい、水チカは水風船・・・ツンパ、パイオツ余録付き・・・、そのうち分かるよ、ははは」
「・・・はあ」
「赤丹、水チカ、ツンパ、パイオツ余録付き」その意味不明の言葉が、のちに恐るべしすごい余録だったとは、僕はそのとき知るよしもなかった。
※このお話はフィクションです。なかに登場する団体人物など、すべて架空のものです^^
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