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侠客鬼瓦興業 第29話 吉宗vs与太郎ヨーゼフ
武州多摩の地に流れる多摩川は、東京を流れる大きな川の中でもきれいな川といわれていた。春になると美しい緑に覆われ、土手を一歩入ると整備されたサイクリングロードが長く続き、そこにはたくさんの自転車や、ジョギング、ウォーキングを楽しむ人たちの憩いの場としても役立っていた。
「おはよう…、今日は天気がいいね…」
「あら、お楽さん、今日もカメラをもってウォーキング?」
「この先で桜が見ごろだからね…」
「おはよう~お楽さんいい写真とれたかい?」
「あら、おはよう~、ワンちゃん大きくなったね~」
「みなさんおはようございます~、」「おっはよー」
今日も多摩川の芝生の上には、犬の散歩をする人や、ウォーキングを楽しむ町内会の人たちが集まりあれこれ世間話を始めていた。
「そうそう、最近この辺もまた暴走族が増えてこまっちゃうわね・・・」
「夕べもひどかったでしょ、警察は何してるのかしらね、まったく」
「お楽さん、たしか虎三さんと同じ町内会よね、こんど何とかしてくれって伝えてくれる。あの人刑事さんでしょ」
「だめだめ、虎三さんより、そう言うことは、辰三さんに言わなきゃ…」
お楽さんは、笑って答えた。
「辰三さんってあの鬼瓦興業の?」
「そう、鬼辰さんに言えば、あそこの社員さんたちが、暴走族たちに注意してくれるでしょ、なんていってもあの人たちは、ほとんどが暴走族とかのOBだからね・・・」
「でも、ヤクザでしょ・・・、あの人たち」
仔犬を連れた女の人が、おびえた顔でお楽さんを見た。
「ヤクザはヤクザだけど、あの人たちは暴力団とかじゃなく、テキヤ一本の稼業人だから別よ。それに鬼辰さんは今時珍しい侠客の親分さんよ」
「侠客?」
「強気をくじき、弱きを助ける義侠の親分さん」
「知ってる知ってる、昔の映画の高倉健さんみたいな感じね・・・、ほほほほ」
町内会の人たちは、親父さんのうわさで盛り上がりながら、朝の憩いのひと時を過ごしていた。
「あら、噂をすれば、あの子、鬼辰さんのところのヨーゼフじゃない?」
一人の女性が、サイクリングロードのかなたを指さし、町内の人たちが一斉に目を向けた。 そこには、全速力で走るセントバーナードのヨーゼフと、やつに無理やり拉致され、多摩川のサイクリングロードを走らされている僕の姿があった。
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「よたーー、とまれーー、はひ、はひ、はひ…、いい加減にとまへーーー」
僕はよれよれになりながら、ヨーゼフに引っ張られ全力で走っていた。
ぶはーぶはーぶはーぶはー
さすがのヨーゼフも、息をぜーぜーさせていたが、なぜか走るのをやめようとしなかった。
「あら、見ない顔だねあの子、かっこから見て鬼辰さんの所の新人さんかな?」
「ヨーゼフー、おはよー」
お楽さんと町内の人たちは、うれしそうに声をかけた。 しかし僕もヨーゼフも返事を返す余裕もなく、町内会の人たちの前を全速力で通過すると、下流に向かって走り去っていった。
「まあ、さすがは鬼辰さんのところの若い衆ね、元気がいいわー」
「頑張ってねー、お兄ちゃん・・・」
町内会のひとたちは、僕とヨーゼフの後ろ姿に歓声を送った。するとその声のせいかどうか、暴走を続けていたヨーゼフが突然ブレーキをかけて立止まった。
「うわーーー!?馬鹿ー!!」
僕はヨーゼフの急停止の反動で、リードを持ったまま一回転、地面に背中から叩きつけられてしまった。
「あたー!お前、止まり方ってのがあるだろうが!」
僕は背中を抑えながらヨーゼフを見た、するとヨーゼフはガバットその体を反転させ、大きな顔を僕に向けた。
「え?」
僕がキョトンとしていると、ヨーゼフは町内会の人たちに顔をむけ、そして再び振りかえると、大きな声で、ワンと吠えた。
「・・・ま、まさかお前、僕と勝負するつもりじゃ」
ヨーゼフはその言葉に、再びワンっと吠えながら首を縦にふり僕を睨んできた。
「やっぱりこいつ、めぐみちゃんをかけて、公衆の面前で僕と!」
気づくと同時にヨーゼフは全速力で再び走り始めた。
「うわーー!」
僕は再びヨーゼフとともに、また全力で走らされるはめになってしまったのだった。
「そう言うことなら、僕にだって意地がある!こう見えても部活の持久走だけは、自信があったんだからな!」
そう叫ぶと、よれよれになった体に鞭うって、ヨーゼフのリードを強く握り直しながら全速力で走りだした。 そして僕とヨーゼフは再び、町内会の人たちの前をすごい速さで通過したのち、今度は上流に向かって走り去って行った。
町内会の人たちは、驚いた顔で僕とヨーゼフを見つめた 。
「あら、すごいねー、今度の新人さんは元気だね~」
「でもヨーゼフもめずらしいねー、いつも多摩川に来ても、のっそり歩いているだけなのに」
仔犬を連れたおかあさんも、目を丸くして僕とヨーゼフが消え去ったはるかかなたをながめていた。
しばらくのあいだ町内会の人たちは、僕たちが消えた先を眺めていたが、やがて一人の女性が大声で叫んだ。
「あー、また戻ってきたーーー!」
人々ははいっせいに、上流を見た。
「ぜはー、ぜはー、ぜはー、ぜはー」
「ぶほー、ぶほー、ぶほー、ぶほー」
僕とヨーゼフは、頭から湯気を出しながら、ふたたび町内会の人たちの前に姿をあらわすと、ものすごい勢いで彼らの前を通過した。
「がんばれーお兄さん!!」 「がんばれーヨーゼフー!!」 「ファイトファイトー」
気が付くと 人々から歓声が上がり始めた。 僕とヨーゼフはその歓声にこたえるように引きつった顔で微笑みむと、下流のかなたへ消えていった。
「ねえ、ねえ どおなさったのかしら?みなさんおそろいで」
さらにたくさんの犬の散歩軍団が現れ
「なんだ、何があったんだ?、みんな集まって」
今度は釣り人達もぞろぞろと集まってきた。お楽さんは、うれしそうに僕とヨーゼフのことを話し始めた。
そして気が付くとサイクリングロードをはさんで、そこには100人近い町内会のギャラリーが集まってしまっていた。
「おーい、また戻ってきたぞー」
釣り竿をかかえためがねのおじさんが下流を指差して叫んだ 。
「がんばれー、お兄ちゃん!!」 「ファイトーヨーゼフー!!」
「はひ、はひ、はひ、はひ…」
「ぜほー、ぜほー、ぜほー、ぜほー」
僕とヨーゼフは沿道のギャラリーの前を、すさまじい形相の作り笑いで手を振りながら通過すると、再び上流にむかって走っていった。
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「おひ…、ヨーヘフ…、いいはへんに、はひるのほ、やめろー!!」
僕は目を血走らせ、頭から湯気を出して走りながら、ヨーゼフにうったえた。
「ぶほー、ふぼぼぼーぶほほーー!」
ヨーゼフはまるでお前の方こそ、めぐみちゃんから手を引け・・・、そういった目線で僕をみながら、走るのをやめようとはしなかった。
「こいつ・・・、はひはひ」
僕もめぐみちゃんがかかっているとあっては、走るのをやめることは出来ず、ぼろぼろの体に鞭打ちながら走り続けた。
そんな僕達に、町内のギャラリーは楽しそうに声援を送りつづけた。そして僕たちも苦しい中、ギャラリーの前を通過する時は、なぜか作り笑顔で手をふっていたのだった。
そんなことを繰り返しながら、僕とヨーゼフは多摩川の上流と下流の往復を十数回くりかえしていた。
そしてついに、僕達は町内の人たちの前で同時に力つき、二人そろってサイクリングロードわきの芝生の上にドサッと崩れ落ちた。
「ぶは~、おまえも・・・、やるな・・・、ヨーゼフ、ぶは、ぶは・・・」
僕は目を血走らせながら芝生に横たわってヨーゼフを見た。
「ぶほ、・・・・・・、ぶほ・・・」
ヨーゼフも、お前もやるじゃないか、そういった目で僕を見ていた。
その光景はまるで、少年院時代、クロスカウンターによる同士討から奇妙な友情が芽生えた、矢吹丈と力石徹といった、まさに、あしたのジョーの名シーンを彷彿させるものだった。
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パチパチパチパチ・・・
「え?」
気が付くと僕とヨーゼフの周りには、すごい数のご町内ギャラリーが群がっていた。
「いやー兄さんたち、頑張ったねーー」
お楽さんはそう言いながら、僕とヨーゼフの写真を撮りまくっていた。
「え?あ、ははは・・・」
僕とヨーゼフは、なぜか笑顔でポーズをとってしまった。
「兄さん見ない顔だけど、鬼瓦興業の新人さんだろ?名前何ていうんだい」
「あ、一条吉宗です!」
僕は肩で息をしながら答えた。
「一条吉宗、こりゃー立派な名前だねー」
「それにさすがは鬼辰さんところの若い衆だ、いいガッツみせてもらったよー、一条吉宗君!」
町内の人たちは、そう言いながらうれしそうに、僕とヨーゼフに暖かい拍手を贈りつづけてくれた。
こうして僕は、どういうわけか、鬼瓦興業の一条吉宗ここにあり、その名前を地元町内の皆さんにまで轟かせてしまったのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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