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侠客鬼瓦興業 83話「めぐみちゃんが危ない!」

「おう三波、わりゃー調子のええこと抜かしおって、さっきから川崎の町くるくるまわっとるだけやないか!」
保育園バスの後部座席にどっかと腰を下ろした西条竜一は、不機嫌な顔で、イケメン三波に声をかけた。
「あの・・・、もう少しで何とかしますから」
「何とかって、われ、めぼしい女のところ電話しても全部断られとるやないかい」
「いやあの、たまたまみんな用事があったみたいでして、ははは」
「何がたまたまやアホ、えらそうにイケメンとか抜かして我は顔だけで中身は空っぽなのがバレバレなんや」
「空っぽって、西条さんそれは無いですよ」
「ほんまのことやろが、おう約束は約束やからの、きっちり素人娘ごちそうせいよ!でけんかったらただじゃおかんぞ!」
西条は三波を睨み吸えると近くに席に置いてあった、小さな黄色い帽子に目を移し
「なんや、忘れもんかいな!」
手にとりながらふっと表情を曇らせた。
しかしすぐにもとの冷めた目つきにもどると
「ケッ、アホらし!」
小さな帽子を自分の頭の上に乗せ、ぐっと深く腰をおろし大声を張り上げた。
「おい三波ー!早うせいよー!」
「は、はい」
三波は額に汗を流しながら、ミラー越しの西条に頭を下げた。

「ハイって、ほんまに分かっとるんか、だいたいここは何処やねん?こんな人気の無いところ入ってきて、どうやって素人娘引っ掛けるちゅうんや?」
「それがですね、実はこの先の土手が以外に穴場で、いい女がポツンと一人でいることがあるんすよ」
三波は苦笑いしながら、土手へ向かう細い路地に入って行った。とその時、前から一台のワゴン車がバスの前に現れた。 
「おい下がれ下がれ、ここじゃかわせねーよ、このバカワゴン車!」
三波は目を吊り上げながら、前方でじっとしているワゴン車を睨みすえた。
ワゴン車の中からもヤンキー風の男がしばらくじっと三波の様子を見ていたが、やがてするすると後ろの広い通りに下がっていった。
「さっさと下がれっての、このばーか!」
三波は捨て台詞を吐きながら、すれ違いごしにワゴン車の運転手をジロッっと見たあと、土手へ向かって園バスを走らせたのだった。


そのころ僕は・・・
「めぐみちゃーん!めぐみちゃーん!!」
大声で叫びながら、彼女が向かった国道脇の通りを走っていた。
「めぐみちゃーん!どこにいっちゃったんだよー!」
僕の頭の中に大粒の涙をこぼしていためぐみちゃんの姿がよみがえってきた。
(あぁ~、あんなに彼女を傷つけてしまうなんて、僕は最低の男だ・・・、ごめん、ごめんよ、めぐみちゃん!もう絶対に行かないから、お風呂屋さんになんか行かないから、だからお願いだから許して・・・、そして姿を見せてよ) 
「めぐみちゃーん!」
悲痛の叫び声をあげたその時だった・・・
ガサガサ!
前方に見える土手の草むらがかすかに揺れ、その中に小さな人影が写った。 
「め、めぐみちゃん!?」
「・・・・・・」 
「そこにいるのは、めぐみちゃん?」
カサカサ
「・・・」
「やっぱり、めぐみちゃんなんだね」
カサカサ、カサカサ
草むらの人影は僕の声に反応するように、あわてて動き始めた。
「待って、お願いだから僕の話を聞いて!!」
「・・・・・・」
草むらの影はじっと動きを潜めた。

「めぐみちゃん、そんなところに隠れたりして・・・、ごめんよ、本当に君のことを傷つけてしまったんだね」
草むらに隠れている彼女の影を見て熱い思いを抑えきれず、僕の眼には大粒の涙があふれかえっていた。
「ごめんよ、めぐみちゃん・・・、ごめんよ!!」
僕は全速力で草むらに向かって走った。そして彼女が身を潜める草むらの前に立った僕は
「めぐみちゃーん、ごめんなさーい!」
大声で叫ぶと同時に彼女の前に覆われた草むらをがばっと掻き分け
「えっ!?」
思わず点になった目で固まった・・・

「えっ?・・・えっ?」 
僕の目に写ったのもの、それは茶髪のパンチパーマに口ひげを蓄えた、鋭い目つきのめぐみちゃんだったのだ。
「な、なんで?」 
「なんで?じゃねーだろ、この野郎…」
「あー!?」
聞き覚えのあるその声に僕はハッと我に帰った。
「もしかして、ぎ、銀二さん!?」
「もしかしなくてもそうだ、このバカ!」
「なっ、何やってんですか、こんな所で?」
「な、何って見りゃわかるだろうが!」
銀二さんは恥ずかしそうにしゃがんだまま大声で叫んだ。
「えっ?見ればって…?…あー!?」
そこには下半身すっぽんぽんで草むらにしゃがみこみ、片手にティッシュを握り締め脂汗を流している銀二さんの姿があった。

「あーー、ご、ごめんなさい!!」
「ごめんなさいって思ったら早くあっち行けー、バカー!!」
「あっ、はひー!」
僕はあわてて銀二さんの超恥ずかしい現場から離れると
「めぐみちゃーん、めぐみちゃーん!」
ふたたび、彼女を探して走りはじめた。

「あんにゃろう、人が仁義きってる時に…、何なんだまったく!」

「ねえ、銀ちゃんどうしたの~、今のだ~れ~」
少し離れた草むらから、はだけたブラウスから片パイをプリンっとさらけ出した、おバカ風のお姉さんが声をかけてきた。
「俺の仲間だ」
「ふーんテキヤさんだ~、それより銀ちゃん、ま~だ~」
「わりいな、なんか腹の調子悪くてよ、ばっちり仁義切リ終わったら、また俺の真珠入り、たーっぷり食わしてやっからよー!楽しみに待ってろって」
「分かった・・・、待ってる」
おバカ風なお姉さんは片パイをさらけ出したままつぶやくと、再び草村の茂みの中に姿を隠した。銀二さんはそんなおバカ姉さんの事をあきれ顔で見た後、ふっと不思議そうに首をかしげながら
「あれ!?そう言えば・・・、さっきあいつ、めぐみちゃんごめんって泣いてたけど・・・、まさか・・・」
青ざめた顔で、遠ざかる僕の後姿に目を移したのだった。


国道を挟んで反対の土手ではイケメン三波が幼稚園バスを止め、窓からあたりを見渡していた。しかし数艘の小船が風で揺れているだけで人影の無い光景にがっくりすると
「だめだ、ここにもいい女なんて落ちてねーっすわ」 
渋い顔で後部座席の西条に振り返った。

「こんな所に女が落ちてるわけ無いやろが・・・、お前はやっぱりアホや、こないなアホの言うこと信じたワイもアホやった。もうええ、そこ曲がって堀の内行くで、銭はお前の貸しや、あとできっちり金利つけて返しいや!」
「あっ、あのちょっと、もう少しだけ」
三波は車の窓を閉めるとあわててバスを走らせた、そして土手沿いの道から小さな通りに入ったところで急に目を輝かせた。

「あっ、いたいた!」
三波の目線の先に小走りで大通りへ向かう女性の後姿が
「西条さん落ちてましたよ、今度こそきっちり御馳走しますんで」
「ほう、スタイルはよさそうやの、ツラはどうや?ツラは・・・」
「今、横通りますから吟味してくださいよ」
三波は言うと同時にアクセルを踏んで女の子の脇を通り過ぎながら、いやらしい目で顔をのぞき見た。そして一瞬不思議そうに首をかしげると
「あっ、この女?」
大声で叫びながら、車のブレーキに足をかけた。
三波が見た女性、それは僕の元へ向かおうとしている、めぐみちゃんだった。

「何や三波、知ってる女か?」
「はい、昼間出会ったテキヤの女です」
「テキヤの女?」
西条はそう言うと、後ろの座席からそっと、めぐみちゃんの顔を覗き見た。
「ほーう、少しばかし青臭いが、ええ女やないか、何処の組の女や?」
「何処って西条さん、追島の所に生意気な若いテキヤの三下がいるんすけど、この女その野郎のこれですよ」
そういって小指をつき立てた。
「何、追島の所の三下の女?」 
「どうしますか?西条さん」
「どうするもこうするもあるか、追島に関係あるんやったら、なおさらのことや、さらってでもここに連れてこんかい!」
「分かりました、それじゃ西条さん、ちょっと頭下げて隠れててください」
三波はそう言うと、今までの魔性の顔から突然さわやかな保父さんの顔へと表情を変貌させた。そして車の窓を開けながら 
「めぐみさーん!」
キラキラ光る瞳で元気に声を発しながら大きく手をふった。

「えっ?」
めぐみちゃんは一瞬驚きの顔をうかべたが、手を振る男が三波だと気がつくと
「あっ三波先生だったんですか、こんばんわー!」
笑顔で頭を下げた。
「いやあ、びっくりしたな、こんな所でめぐみさんに会えるなんて、はははは」
「私もびっくり、急に名前を呼ばれて誰かと思いました」
めぐみちゃんはそう言いながら三波の運転する保育園バスを見た。
「三波先生、まだお仕事中なんですか?」
「えっ?あっはい・・・、実は夜間保育の子の送迎の途中なんです」
三波は園バスの後の座席からちょこんと見えている黄色い帽子を指差した。
「大変ですね、こんな時間まで」
「僕の大好きな仕事ですから、全然大変じゃありませんよ」
さわやかに白い歯をきらきらさせた。
「本当に子供たちの事がお好きなんでね、三波先生」
「いやっははは、ところで、めぐみさんはどうしたんですか、こんな時間にこんな所で?」
「あっ、あのちょっと・・・」
「ちょっとって?」
めぐみちゃんは少し困った顔で
「実は事情で彼、吉宗君とはぐれてしまって、それで探そうと思っていた所なんです」

「吉宗君とはぐれた?」
三波はそうつぶやくと同時にギラッと目を輝かせた。そして急に驚いた顔を浮かべると 
「あれー、彼だったら今しがた見ましたよ、向こうの大通りを渡って、うちの保育園の方へ走って行くところを見た見た」 
「えっ!三波先生の保育園の方へですか?」
「はい、なんだか一生懸命走ってましたけど」
「吉宗君が走って?」
「はい」
「ありがとうございます三波先生、それじゃ私も急いで追いかけます」
めぐみちゃんはうれしそうに眼を輝かせると、通りに向って走ろうとした。三波は一瞬口元を吊り上げほくそ笑むと
「あっ、待ってめぐみさん!」
ふいに大声で彼女を呼び止めた。 
「はい?」
「よかったら乗って行きませんか?」
「えっ?でも」
「実は最後の一人、園に向かう途中の子なんです。どうせ同じ方向だし、それに彼全力で走ってたから、車じゃないと追いつけないかもしれないでしょう」
三波はさわやかな笑顔を向けた。
めぐみちゃんはふっとバスの後部座席で揺れる小さな黄色い帽子に目をやった。 
「ああ、実はね、あの子も最後で寂しがってて、めぐみさんが少し相手してもらえると僕も助かるんですけど・・・」
「そうなんですか?」
「はい、できたらお願いします、めぐみさん」
めぐみちゃんは再び後部座席で揺れる黄色い帽子を確認すると
「私でお役に立てるんでしたら・・・、それじゃ三波先生よろしくお願いします」
笑顔で三波に頭を下げた。

「さあ、そうと決まれば急いで乗って下さい、早くしないと彼に追いつけないでしょう」
三波は笑いながら運転席の反対側にあるバスの扉を開いた。めぐみちゃんは小走りでそれに近よると
「それじゃ、よろしくお願いします」
頭を下げながらひばり保育園の黄色いバスの中へ、恐ろしい魔物が潜んでいるとも知らず乗り込もうとしていたのだった。

つづく

最後まで読んでいただき、ありがとうございました^^
※このお話はフィクションです。なかに登場する団体人物など、すべて架空のものです^^

続きは「消えためぐみちゃん」はこちらです。↓

前のお話はこちら↓

第一話から読んで下さる優しい方はこちら↓

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