侠客鬼瓦興業 第25話宿敵ヨーゼフ
めぐみちゃんとハゲ虎が激しいバトルを繰り広げていたころ、僕は、まるでムーミンのように腫上がったお尻をかかえて、犬小屋に向かってとぼとぼ歩いてた。
なぜ僕がこんな姿になってしまったか?それは前々回のお話を読んでくださった方には分かると思いますが、なんと僕は、テキヤの守り神、神農さんの頭を照れた拍子にバシバシとシバキまくってしまったのだった。
運悪くその姿を鬼瓦興業の鬼軍曹、追島さんに見つかった僕は、100孫の手の刑を執行され、哀れこんなムーミンちゃんになってしまったのだ。
「いたたたー」
僕は片手に水とブラシの入ったバケツを持ち、もう一方の手では、ひりひりするお尻を押さえながら、やっとの思いで鬼瓦興業倉庫脇の犬小屋まで辿り着いた。
「おーい、与太郎くん、掃除に来たぞー」
そういいながら小屋の前に立った僕は、その小屋の広さに呆然とした、
約三メートル四方の小屋の中には、さらに大きな部屋がひとつ置かれていて、その中に与太郎と呼ばれる親父さんの愛犬が隠れているのか、あたりは不気味に静まり返っていた。
「で、でかい小屋だなー」
僕はふっと追島さんから犬小屋の掃除と、朝の散歩を言いつけられた時のことを思い出していた。
「掃除が終わったら、新入り、お前は与太郎の小屋の掃除だ、それが終わったらやつを連れて多摩川まで散歩に行くんだぞ!!」
追島さんの言葉に一瞬驚いた様子で銀二さんが
「追島の兄貴、与太の散歩って、こいつ一人でですか?」
「あたりめーだろが、お前らこれから川崎の仕事(バイ)の準備で忙しいだろうが、犬の散歩ごときに二人も三人もいるか」
銀二さんと鉄は、青い顔をしながら僕を見た。
「あの僕昔から動物大好きですから」
僕のその答えに、追島さんはニヤッといやらしい笑顔を浮かべた。
「親父さんの大切な愛犬だからな、粗相のないよう大事に扱うんだぞ」
「はい!!」
僕は明るく返事すると、銀二さんと鉄の顔を見た。しかしどういうわけか二人の顔には明らかに僕の恐ろしい未来を予知するかの様な、影が隠れていた。
「さっきの銀二さんたちの顔、何だったんだろう」
僕は首をかしげながら、小屋の入り口の鍵を空けようとしゃがんだ、そしてそこにはられた表札をみて思わずふきだしてしまった。
『ヨーゼフのお家』
「なんだこれ、あ、そうか」
「みんなが与太郎とか与太とか言っているからそれが名前だと思っていたけど、ヨーゼフのよで、与太郎って言ってるんだははは」
「でもヨーゼフってどこかで聞いた名前だけど、なんだっけな、フランダースンの犬はパトラッシュだったけど、うーん」
僕はヨーゼフという優しそうな名前を見てすっかり安心しきっていた、そして不用意に小屋の鍵をあけると
「おーい、ヨーゼフ、お散歩に連れて行ってあげるよー」
そういいながら小屋の中に入っていった。そして中のもう一つの大きな部屋に近づいた瞬間、突然巨大な怪物が僕に襲い掛かってきた。
「ぐおあーーーー!!」
「わーーーー!?」
怪物はまるで、総合格闘技のマウントポジションのように、僕の身体の上にその巨大な毛むくじゃらな身体を覆いかぶせてきた。
僕はその重圧に押され息が出来ず、遠のいていく意識の中で、ヨーゼフという名前の犬が何だったか、ぼんやり思い出した。
ヨーゼフ、それはアルプスの少女ハイジに登場していたセントバーナードだったのだ。
そう気づいた僕は、上でマウントポジションをとっている巨大な怪物をかいま見た。
そこにはまさしくヨーゼフ、今どき図鑑でしか見ることのない、軽く2メートル以上はあるセントバーナードが、目を血走らせながら僕に襲い掛かっていた。
「ぐえ、くるちーー、くるちーー、どいてー、ヨーゼフ」
僕は親父さんの愛犬セントバーナード、ヨーゼフに見事なマウントポジションをとられ、身動きできない状態で必死に訴えた。
「ヨーゼフどいておくれー、ヨーゼフ」
しかしヨーゼフはその巨体を動かそうとせず、口からすさまじい量の唾液を僕の顔にぶっ掛けながらじっと僕を見ていた。
「お、おねがいだから、ヨーゼフ、どいて…ヨーゼフ…ヨー…ゼ…」
僕はその重さに、耐え切れず虫の息になってしまった。そんな僕の顔をヨーゼフはべロッと巨大な舌でなめると
「ワオッ!?」
嬉しそうに顔を持ち上げ、これは美味しいぞといった顔で再び僕を見た。
「ヨーゼフ…、ちょっと僕は、食べものじゃない…、ヨーゼ…フ」
僕は必死にもがいた、しかしがっちりマウントを取られて身動き一つ出来ない状態だった。
(あー、まさか始まったばかりの侠客鬼瓦興業に、こんなに早く最終回がおとずれてしまうなんて…。それも僕が親父さんの愛犬に美味しく召し上がられて終わりなんて…。)
遠のく意識の中、僕はこの物語の悲しい最終回を思い浮かべていたのだった。
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