第5回 「能登はやさしや」と「センス・オブ・ワンダー」—著者から④
著者の藤井満さんによる、自著(とその周辺)解説を、5回にわたってお届けします。2024年正月の地震、そして9月の豪雨と、能登半島を襲った苛烈な災害の中でも、「能登はやさしや」を体現する人々の生き方についてです。
能登のやさしさや信心の源にあるもの
レイチェル・カーソンはがんで死ぬ直前、「センス・オブ・ワンダー」という本に次のようにしるした。「センス・オブ・ワンダー」とは、神秘や不思議さにおどろき目をみはる幼児のような感性のことだ。
上大沢のおばあさんや大沢のおじさんは、地球の美しさと神秘を無意識にかんじとり、この世を超越した異界の風をあびている。だから、まもなくおとずれる自らの死をもやさしく淡々とうけとめていた。
そうか、能登のやさしさや信心は「センス・オブ・ワンダー」だったのか。ボヘミアンの遊び心に足りなかったのはそんな感覚だったのかもしれない。
藤平朝雄さんとの再会
地震から9カ月後の2024年9月、奥能登は豪雨におそわれた。
輪島市町野町は、田畑が巨大な湖になり、中心集落はほぼ全域が水没した。電気も水道もふたたびとまった。
半世紀前に東京から移住してこの地にすむ藤平朝雄さんをたずねると、さすがに顔があおざめていた。
「地震だけなら前を向けるかなぁと思ってきたけど、正月のふりだしにもどってしまった。56年すんでいるけど、こんな地震や豪雨ははじめて。今年はなぜ次々にひどいことがおきるんでしょうねぇ……」
だが、町野町で唯一のスーパー「もとや」が泥をかきだして復活をめざしている話になると気をとりなおしたようにかたった。
「2回も被害にあってもたちあがるんだから、なんの力もない年寄りだけど、私もなにかせんならんと思いました」
能登の魅力を紹介するDVDや手作り冊子を友人たちに発信する準備をしているという。
「能登の粘り強いやさしさ」を受け継ぐひと
そんな藤平さんのもとに、輪島市街の寺から寺報がとどいた。
「どうして2度も大震災にあわなければならないのだろうと思いました。でも今はこう受け止めています……数千年に一度のありがたいご縁に出あわせていただきました」
感動した藤平さんは返信した。
「どんなつらいことがあっても、きのうまでのことは明日への準備と思って進んでいきたい」
そして私にこう言った。
「おなじ苦しいなら楽しんでやろうって思ってるんですよ」
有名な浄土真宗の妙好人(浄土真宗の熱心な念仏者)である因幡の源佐は「おらにゃ苦があって、苦がないだけのう」と言った。苦しいんだけど、その苦しみをふくめて自分を生かしている阿弥陀仏がいる。苦しければ苦しいままに、ありのままに生きていけばよいという悟りだ。
東京から能登にながれてきた「風の人」である藤平さんは、能登の粘り強いやさしさをうけつぐ現代の妙好人だったんだ、と、私は気づかされた。
プロフィール
◆藤井 満(ふじい・みつる)
1966年、東京都葛飾区生まれ。1990年朝日新聞に入社。静岡・愛媛・京都・大阪・島根・石川・和歌山・富山に勤務し、2020年1月に退社。2011年から2015年まで朝日新聞輪島支局に駐在。奥能登の農山漁村集落をたずねてまわり、『能登の里人ものがたり』(2015年、アットワークス)、『北陸の海辺自転車紀行』(2016年、あっぷる出版社)を出版。そのほか単著に『石鎚を守った男』(2006年、創風社出版)、『僕のコーチはがんの妻』(2020年、KADOKAWA)、『京都大学ボヘミアン物語』(2024年、あっぷる出版社)などがある。