出版までの737日(Day162遭逢〜Day591逡巡)|編集こぼれ話④
2024年9月、農文協から『牛乳から世界がかわる 酪農家になりたい君へ』(小林国之著)という本が発売されます。
この書籍に関わった編集チームによる「編集こぼれ話」や本書のイチオシなどを、全5回に分けてご紹介します。
2023年2月。雪まつり期間真っ只中の新千歳空港に私は降り立っていました。実はこの書籍企画が実現するまで札幌は縁遠い場所で、初めて冬の札幌を体験したのでした。
企画はまだ正式には通っていないにも関わらず、私は、そしておそらく小林先生も、何の疑いもなく「当然書籍化なる」と思っていたわけです。ポジティブ。
Day162:2023年2月8日 遭逢
この日の目的は学生との対話でした。
「かんがえるタネ」シリーズに、藤原辰史さん著の『食べるとはどういうことか 〜世界の見方が変わる三つの質問』という本があります。この本で展開される、藤原先生と中高生の議論が非常に素晴らしく、本書もプロローグとしてそうした議論を入れられないか…という目論見がその一つ。
もう一つは、「農学部に(非農家の出身で)酪農家を目指している学生がいる」というタレコミ情報でした。タレコミなんて週刊誌風に書いてしまいましたが、普通に小林先生からの情報です。その学生とは佐藤桃さん。彼女をいわば道先案内人として、成長譚的にストーリー展開できないかと思ったのがもう一つの目論見。
(編集こぼれ話③の記事を読んでくださった方は、「成長譚、諦めてなかったんか〜い!」と思いましたよね。諦めが悪くてスミマセン)
結果的に成長譚要素は入れないことになりました。なぜなら、桃さんが既にめちゃくちゃ成熟していたから。最近の若い子たちって、どうしてこうも揃って優秀なんでしょうか?
ただ、対象としている読者の年齢層の代表として「実践編」の取材に同行していただくことになりました。生産者さんとの対話では小林先生の視点以外に、若い視点が入ったことでより立体的に話が展開したと思います。
座談会も面白かったものの、紙幅の関係上、最終的には掲載しなかったのですが、この時学生たちから出た意見や話を、前半の「座学編」の内容(テーマやキーワード)に落とし込んでいきました。座学編でエシカルなテーマにかなり踏み込めているのも、そんな理由があるのです。
その後、企画は無事通り、いよいよ農文協の「かんがえるタネ」シリーズとして出版できることが決まったのです。その日、私は自宅で祝い酒を開け、久しぶりに記憶をなくすまで酩酊しました…。良い子は真似しないでください。
Day591:逡巡
夏の取材を終え、小林先生からは原稿が続々と送られてきて、その原稿が届くたび、原稿の熱量に打ち震えつつ編集作業に取りかかっていました。残るはイントロダクションのページを残すのみ…なのですが、ここで最後の大きな山が残っていました。
この1年半で我々編集陣の理解度が上がってしまったのです。
編集をするという意味では決して悪くはないのですが、初心者だった頃の視点を忘れてしまうという点では非常によろしくない。この点に気づいたのは、カバーと本紙デザインを担当するデザイナーからの一言でした。
「小林先生や市村君はそもそも賢いし、阿久津さんも柿本さんもここ1年ですごく理解度が進んでいるから気づいていないかもしれないけど、結構、この本の内容難しいよ?」
しまった!と思って読み返すと、確かに…。普通高校に通っている学生では理解できないことが沢山あることに、入稿3ヶ月前に気づいてしまったのでした。はよ気づけや。
そこでカバーイラストを依頼していた牛川いぬおさんに、冒頭の漫画も合わせて依頼することに。
牛川さんは酪農現場で働きつつ、酪農の漫画やイラストを描いている漫画家さん。こちらが伝えたい内容をお知らせしつつ、酪農の現場を知っている方ならではの臨場感をイラストで表現していただきました。
冒頭の漫画が入ったことで、少しハードルの高い内容の本編の準備運動がスムーズに完了できる構成に。デザイナーの庄司誠さんにはコマのラフ割りまで担当していただき、本当に感謝しかありません。
…っていうか、2年もあったのに最後はそんなに慌ただしいってどういうこと?って思いますよね。私も思いました。でもですね、こんな効率悪くあがきながら、ああでもない、こうでもないと作り上げていくのも、なんだか「この本」らしかったな、まわり道にも意味があったと今になって思います。
この本はもしかすると、綺麗に整っていないように見えるかもしれません。私もこの本は民藝の器のような本だと感じています。温かみがあって、味わい深い。もしそんな風に感じてくださる読者が一人でもいてくれたら、それは私にとって望外の喜びです。
■執筆:柿本礼子(かきもと・れいこ)
東京都立大学大学院でフランス哲学を修了したのち、フリーライターへ。日経ホーム出版社(現・日経BP社)の月刊誌『日経WOMAN』編集部に在籍後、再びフリーランスに。「食」を社会的に捉え、伝えることをモットーに、雑誌への寄稿や書籍編集、コンサルティング業務等を行う。
次回はライターの市村敏伸さんによる「『牛乳から世界がかわる 酪農家になりたい君へ』|編集こぼれ話⑤」をお届けします。