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ストーリー29 保育士を目指すノリコさん

ノリコさんはいま、保育士になる勉強をしています。年齢は二十代後半です。一緒に学んでいる友だちに比べると、十歳近く上の年齢です。これには理由がありました。

ノリコさんはもともと漫画家志望でした。というのも、子どもの頃に読んだ漫画に大きな影響を受けたからです。主人公が世界中のいろんな時代にタイムスリップして冒険する話でした。まるで自分も世界を旅しているようなワクワクした気分になりました。想像をふくらませ、あの時代この時代と飛び回り、空想の世界を旅して楽しみました。いつかは、自分も、みんなを冒険に連れて行ってあげたい。子どもたちがワクワクするような漫画を描くんだと夢見るようになりました。

ですが、実際にはうまくいきませんでした。デザインやイラストを学べる学校に行きました。漫画家さんに弟子入りしてアシスタントの真似事のようなことをさせてもらいました。自分でも作品を描き、コンテストに応募しました。もしかしたら才能があるかもしれない、と淡い夢を抱くこともありましたが、その夢がぺしゃんこにへこんでしまうことも経験しました。

両親はそんなノリコさんを案じていました。そして、二十歳を迎えるときに約束したのです。
「二十五歳までは思い切ってやりなさい。それでダメならいさぎよくあきらめなさい」

自分でも可能性のないことをズルズルと続けるのは嫌だったので、それに同意しました。それから五年間、今まで以上にがんばって作品を描き続けました。

あっという間に五年が経ちました。漫画家の先生にも出版社の人にも、筋はいいと言われ続けながら、結局は花開く作品を生み出すことはできませんでした。約束は約束です。漫画家の道はきっぱり諦めることにしました。

といっても、いままで漫画家になることだけを目標にがんばってきたので、その目標を失ったとき、さてこれから何をしたらよいのか、さっぱり見当がつきません。人生のすべてを失ってしまったかのような錯覚に陥りました。

そんなとき、エジソンの発明の裏話が紹介されているテレビ番組を見ました。偉大な発明家エジソンは、一九一四年にニュージャージー州の自分の研究所が火事で焼けてしまう惨事に見舞われます。そのときエジソンは妻を呼びます。
「みてごらん。こんな光景は滅多に見られるものじゃない」
「さぁ、これから新しくスタートできる。素晴らしいことじゃないか」

研究所にはエジソンが今まで労苦して積み上げてきたさまざまな研究結果があったはずです。それでも、いさぎよく一から始められることを喜んでいるエジソン。こんな彼だからこそ、数々の挫折にもかかわらず、多くの偉大な発明をすることができたのでしょう。

ノリコさんは、エジソンに自分の境遇を重ね合わせました。
「ゼロから始められるんだ。どんなことに挑戦してもいいんだ」
スッキリしました。

近所の幼稚園のわきを通りかかると、にぎやかな声が聞こえてきます。「先生、もっと読んでよ、もっと読んでよ」と子どもたちが先生に紙芝居をねだっていました。昔自分が漫画に熱中してワクワクしていた、あの当時の気持ちがあざやかによみがえってきました。そうだ、保育士になって子どもたちに冒険のお話をしよう。自分でストーリーを作って、絵を描いて、紙芝居ができたらいいな。子どもたちにワクワクしてほしい、どきどきしてほしい。そんな保育士さんになりたい。

それで、保育士になる勉強を始めました。漫画家とはずいぶん違う仕事になりますが、みんなをワクワクさせたいという思いはずっと変わりません。ノリコさんは、漫画家を目指していたときと同じぐらいがんばっています。

ほめられると調子に乗って、伸びるタイプです。サポートいただけたら、泣いて喜びます。もっともっとノートを書きます。