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音という付加価値

そのカフェの珈琲は他のカフェのそれよりちょっと高い。

薄暗い店内は所狭しと並べられたアンティークの小物に埋められて、珈琲の香りと共に静かなクラシック音楽の調べが漂っている。

ボソボソと、だけど丁寧で柔らかな物腰でオーダーを聞くマスターにブレンドを頼むと、マスターは一式のカップと受け皿を棚から出す。

話し声一つない店内で、静かに流れる音楽に耳を傾け、並ぶ数々のアンティーク品を眼で追っていると、マスターが珈琲の準備を始めたことが音からわかる。

豆の入った容器の蓋を開ける微かなキュッキュッという音。

銅製の容器にその豆を移し替えるときのカタカタカタっと豆が跳ねる音。

豆を挽く音、そして粉をフィルターに移すときのサラサラサラという音。

フィルターに入れた粉を均すときのサクッサクッサクッという音。

お湯の湧いた小鍋の蓋を開けたときに湯気が上がるフワッという音。

少しずつ注がれたお湯が粉の隙間を通って容器に落ちるポタッポタッという音。

カップを温めていたお湯をゆっくり鍋に戻すときのトロトロトロっという音。

カップに残った水滴を小気味よく拭き取るキュッキュッという音。

珈琲は静かに注ぐから音はないけど、その代わりに漂うほのかな香り。

カップをソーサーの上に置くときの、若干の緊張感を伴ったカタッという音。

おまたせしました。とマスターからカップが手渡される。

珈琲を淹れる過程にこんなにも色んな音があったのかと知ったとき、普段自分がいかに喧騒の中にいるのか、そしていかに多くの音に耳を塞いでしまっているのかに気が付かされる。

マスターの作業の丁寧さが伝わってくる音を耳が愉しんだとき

そのカフェの珈琲は他のカフェのそれよりちょっと美味しい。


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