大神神社、箸墓古墳、安倍文殊院
今回の奈良旅の最終日の4日目。奈良市から桜井市JR三輪駅へと電車で移動。駅を降りると三輪山が見えてくる。
まず、最古の神社、大神神社へ。
ここは三輪山を御神体としている。有名な物で、酒蔵にかかっている杉玉のさかばやしは全部ここ。お酒の神さんでもある。先日行った春日大社と違って、こっちは「大神神社は出雲ノ神の一族が崇敬し、磐座祭祀が営まれたとされる日本でも古い神社の一つで、神奈備信仰様式をとった神聖な信仰の場であったと考えられる。大穴持命が国譲りの時に、己の和魂を八咫鏡に取り付けて、倭ノ大物主櫛甕玉命と名を称えて大御和の神奈備に鎮座した。これが三輪神社の創始である。」ということで、こっちは大和朝廷系ではないのだ!でもこんなに大和の近くに出雲一族の祈りの場があるとは!かなりの緊張感感じんるわ。浪漫広がるー、
笑い飯哲夫のサタデーナイト仏教Podcastで三輪山のことはよく聞いていて、哲夫さんが実家の田んぼを今も世話しているので三輪山に向かって自然と祈ってしまうって言っているのを肌で感じたいと思っていた。山の信仰というと富士山が有名だけど、三輪山は比べるとすごいなだらかで遠くから眺めていると山に優しさを感じたわ。
でも登ると山の厳しさを感じるんだろうなと思っていたら、三輪山に修行した三島由紀夫の石碑があった。豊饒の海の奔馬の取材の時らしい。奈良には他にも圓照寺って春の海のモデルとなったお寺もあるんだけど、こちらは拝観できないとのこと。一度見てみたいものやわ。三島もたくさんのことを勉強して考えに考えて最後は奈良の大神神社にたどり着いたんやろな。。。などと思っていたら、豊饒の海をよみかえしたくなったなー。
大神神社は都会の春日大社よりもねっとりしていて山の気配が濃厚で山に抱かれている気持ちになる。末社も色々巡り身体の中の空気の入れ替えができた気持ちになった。と、言うのも昨日見た頭塔で重苦しい空気を感じてたから。あれを一人で見るのは少し荷が重かったのかも。なんてスピ的なことを書いてみたりする。
そして、三輪あたりをもっと散策する事にした。
なぜなら、卑弥呼の墓とも言われている、箸墓古墳へいってみたかったから。
この古墳はものすごく古いらしい。そして大きい。近くまで行っても小山かな???って感じ。池から眺めてやっと古墳だと認識できる。しかし私は五色塚古墳に行ってるので1300年前の形をありありと想像できるのだwこの古墳こそ調査されたら面白いのにな。宮内庁残念なことよ!
その後、安倍晴明が生まれたでお馴染み日本三大文殊菩薩のひとつ、安倍文殊院へ。
ここは快慶の作った文殊菩薩で有名で、この獅子に乗った文殊さんと一群の彫刻たちは渡海文殊群像と言って、雲海を渡り、私達衆生の魔を払い、智恵を授ける為の説法の旅に出かけているお姿。西大寺にも有名なのがあってそれもすばらしかったけど、安倍文殊院は超でかい。7メートル以上あるらしいわ。そしてここは、興福寺の国宝館ぐらいに素晴らしくライトアップされているのでいくらでも見れる。そう思うと、西大寺って素晴らしいものいっぱいあるのに、宝物館は田舎の資料館みたいな雑な照明でほんまあかんかったなあ。見せる側の気持ち次第(あと、金)で展示は変わるよねー。とも思い、でも夕方の雨の暗いお堂の元興寺で仏を見てこれが本来のお寺の見え方なのかと陰翳礼讃的な気持ちになったりもしたので何が正しいのかはわからないな。雑な照明以外はどれもそれぞれに良いのかもしれない。
安倍文殊院では中に小さな円墳があって中の石室にも入ることができる。あまりに美しく石が整えてあり、あの時代の石を削り組む技法とあの大きい石をどこから?そして、屋根の部分の超でかい石をどうやって乗せるの??は、さっぱりわからない。古墳の文化はなくなってしまったけど、あのままずっと作り続けてたらどえらいものを石で作る文化になったやろうになーw
この日の朝、いつものように荷物をホテルから家まで送ったんだけど、中に大和四寺巡礼の法衣を入れて送っていて安倍文殊院に持っていけなくて朱印をもらえへんかった。。。あー残念。でもこれも仏教的にはまた来なさい。また来なあかん仏縁があるんやなと思うことにした。
また三輪素麺も食べたいしね。
21.5.8
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