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セルフスタディとは

教師教育学においては、国際的に、実践と研究の往還を実現する「セルフスタディ」という方法論が確立しています。20年以上の歴史があり、アメリカ教育学会AERAではセルフスタディの分科会 SIGが設けられていて、隔年でイギリスのお城を会場として、厳正な査読を通った研究者だけが参加できるSIGのS-STEP(教師教育者のセルフスタディ)を基盤としたキャッスルカンファレンスが開催されています。

セルフスタディでは、自分の実践を研究にするための方法論に基づいて研究を進めるのですが、研究、という以上、単なる実践記録ではないことが求められます。

今、日本の学会には、教職大学院などで学んだ方が大学教員になりたいと思われるからでしょうか。学会に研究論文を投稿する方が激増していますが、それらの投稿論文はなかなか査読を通りません。審査される方もする方も、負担と徒労感が大きくなっています。それは、これまでの教育学研究のルールから検討すると、実践研究論文というタイトルで応募してくる論文には不足や不備が目立つからです。これではちょっと通せないでしょう?!ということになっているのです。

学校教育現場には様々な課題があります。その課題をテーマに研究をして、皆に役立つものにする、という実践研究はとても大切です。
でも、それが、一般化できないものであれば、当然、研究論文として認められないことになります。

調理人が、「これが美味しい」といくら主張したとしても、客が美味しいと言わなければ店には出せませんが、現在の多くの実践研究論文は、そのような「これは美味しい」型の論文が多いわけです。

それでいい場合もあります。たとえば、「べてるの家」で知られている「当事者研究」という方法を考えてみましょう。

こちらは、自分のことを自分(と自分のことを考えてくれる仲間たち)で、自分の日々の生活に役立つ解決法を見つけ出す研究です。ここでの研究は、「当事者の役に立てばいい」ので、別に学会誌に出したり、研究のお作法に従ったり、他の人に役立つことまで考えたりする必要はありません。自分にとって美味しければそれでいいのです(もちろん、それが他の人の参考になればなおいいでしょう)。

ですから、自分のために役立つ、家族で美味しい美味しいと言って食べる、ということだけを考えて研究する場合には、べてる型の「当事者研究」も、私はあっていいと思います。
実際のところ、かくいう私も、自分自身は、研究の体裁を整えたり研究のための研究を書いたりすることに興味が持てなくて、自分が美味しいと勝手に言いたがる人です。

でも、教師教育学という学問を考えたときには、話は違ってきます。
複数の学会誌の査読に関わってきた私ですが、査読委員という視点で論文を読むと、以下の問題が生じてきます。

これは美味しいのかもしれないけれど、塩梅、の部分が多すぎて再現性がないよね。
いや~~斬新な料理だけど、和食を基本とする日本人の舌にはちょっと合わないんじゃない、もうちょっと和風にしてもらわないと。
そもそも素材が手に入らないじゃない?ちょっと入手方法も怪しいし。
いや、この味付け、自己満足で、残念ながら味見する気にもならない。
一回、たまたま条件がよくて美味しかっただけだろうなあ。

で、

通せないよね、ということになるのです。

そのために、日本語で、日本人による、実践研究論文の書き方、というような本や文献、参考資料もいろいろと出ているようです。でも、国際学会の研究者たちからもお墨付きの教育学の方法論があるなら、それを用いるに越したことはないと思うのです。

私は、これなら!!研究にすんなり入っていけなかった人でも取り組める、実践中心に研究ができる、研究と実践の往還が可能になる、と思います。

それで、頑張って、2017年に、セルフスタディの立役者、ジョン・ロックラン教授というオーストラリアのモナシュ大学の教師教育者を、広島大学の草原和博先生にお願いして日本に招聘し、日本教師教育学会で有志を募って翻訳、要約し、『J.ロックランに学ぶ教師教育とセルフスタディ 教師を教育する人のために』(学文社,2019)を監修し、解説したのです。

この本は、大学等の教師教育者を主たる対象としてセルフスタディを紹介した本で、しかも全訳ではなくて、多くの文献をぎゅうっと圧縮した要約ですので、研究や教師教育の文脈に慣れない学校教員の方にはちょっと手が届かない、あるいは「これは違う」という感じがするかもしれません(いえ、しっかりと読み込んでいただければ、基本は同じだということがわかっていただけると思うのですけれど。出版の順序として早すぎた気もします)。

ただ、残念ながら、日本でセルフスタディを紹介した本は、現在、他にはないのです。
資料としては、広島大学で2016年2月に、Alicia Crowe 先生とMieke Lunenberg 先生を招聘した際の資料(この時私はトロント大学からシンポジストとして参加)、2017年2月に、広島大学と武蔵大学でロックラン氏を招聘した際の配布資料や、やはり広島大学と武蔵大学で。2019年6月にアイスランド大学のMegumi Nishida先生(西田先生はアイスランド在住の日本人研究者で、日本人で初めて今年のキャッスルカンファレンス(オンライン)に論文(英語)が通った方です)、Edda Óskarsdóttir先生を招聘し、Hafdís Guðjónsdóttir先生にオンラインでゲスト出演していただいた時の資料、この前後に、幾人かの日本の先生方が学会口頭発表なさったときのパワーポイントや広島大学EVRIの先生方の研究論文等(こちら是非紹介して下さい)があるのみ(もし他にももしあったらどうぞご紹介ください)ですので、日本語で理解してセルフスタディに取り組みたい、という方は、今はとりあえず、これを読んでしのいでいただいて、

学部生でも(海外の教員志望の学部生は現場経験が何年間かあるのですが、日本では、せいぜい数週間から半年程度しか実践経験を持たないと思いますので、条件が違うことに留意が必要です)、セルフスタディに取り組めるマニュアル的なテキスト ”Self Study Teacher Research”( Anastasia Samaras SAGE) (以下、SSTR) の翻訳が出るのを、今しばらくお待ちいただければと思います。


さて、前置きが長くなりました。

教師教育学における「セルフスタディ」は、
1.研究は現場の「自分の」問いから始まる。
2.実践の改善を目的とする。
3.一緒に研究を検討するクリティカルフレンドとの協働が必要である。
4.目的に合致した、しっかりとした研究方法を選択して採用する。
  透明性のある体系的なプロセスを経なければならない。  
5.専門家コミュニティの構築を目指す。研究結果は現場で役立つものでなければならない。得られた知見は一般化され、公開される。公表して他の実践に役立つようにするところまでが研究の役割である。

 という特徴を持ちます。(前掲のオレンジ本P150  参考 LaBosky,2004 ならびに、前掲のサマラスのSSTR本第4章)

 アクション・リサーチと混同されることがあるのですが、アクション・リサーチとの類似点と相違点は(Austin& Senese,2004)(前掲オレンジ本P112)によれば、

 アクションリサーチにおいては、研究者教員と研究の間にまだ距離がある。…アクションリサーチは、セルフスタディに似ているが、教師の実践を顕微鏡の下に置いて、教師を傷つける可能性がある。同僚に自分の教室における実践を調査のために見せるということは結局、威圧や強迫になりかねない。…セルフスタディは一人の教員として、その個人が誰であるかについて深く知ろうとする態度を求めるのである。

とされています。

また、前掲サマラスのSSTRにおいて、その違いは以下のように示されています(ざっくりとした訳ですので、原文をご確認ください)。

アクションリサーチの目的は、クラスの変化にありますが、
セルフスタデイの目的は、生徒の学びに影響を与える「自分の役割」がいかなるものであるかを改めて見つめ直して理解することであり、
そのために自分自身を研究の焦点とするものです。
また、セルフスタディは、
さまざまな方法を用い、ときには新しい方法も工夫して、
何とかして研究やそこで生成される知識を通して、
実践を新しい視点で捉えようとする継続的な試みであり、
正義と公正という、
社会的、教育的視点に基づくクリティカルなペダゴジーへの指向性をもち、それと並行して行われるものであり、
学校という場のポリティックスや実践に制限を受けながら、
教師の役割を改めて考え直す、という行為でもあるのです。
(サマラスのSSTR本 P57) 

つまり、セルフスタディは、自分のあり方、生き方、人間性、信念などに深く迫っていく研究で、実践の中での迷い、戸惑い、失敗と立ち直り、不安、そもそもなぜ教員になったのか、といったことも探究していくものです。
そのため、必然的に、その背景には、社会や学校、教育そのものを問い直す視点も含まれます。
また、自分で行うライフヒストリー研究、自分自身で行うナラティブ研究も、セルフスタディの先述の5つの特徴を踏まえていれば、セルフスタディに包含されます。

さて、ここまで、セルフスタディに関心を持っていただいたみなさんに情報提供するために、ざっくりとセルフスタディを説明してみました。

日本の学術界では、このような英語文献の「紹介」だけでも意味を持つとされることがありますが(紹介の仕方や翻訳には工夫しています!!)、もう明治時代でもありませんので、このような公開のnote に書いてご紹介することで、誰もが自由にこの資料から、セルフスタディの世界に入っていただきたいなと思って、できる限りわかりやすく書いてみました。

どうぞ、さまざまな方法を駆使して、セルフスタディに近づくべく、それぞれで工夫していただければと思います。
翻訳は頑張って、仲間と共に、できるだけ早く出したいと思っています。

参考)ちなみに、教師教育学において、これはきちんとした研究だとみなされる研究を参考にしたいときに役立つのが、こちらの水色本です。近年の教師教育研究がどのようなものであるか分析されていますので、これから研究に取り組もうと思う先生の参考にしていただければと思います。


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