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Teacher Educator

Teacher Educator という言葉があります。
先生の先生。
10年前まで日本ではほとんど使われていなかったことばです。
こちらの本で、勝手に「教師教育者」と訳してしまったので、
いろいろと問題があります(笑)。
問題があることはわかっていたけれど、
「ない」よりは、「ある」方が議論が進むと思って、
あえて問題提起したわけです。

(ちなみに、この本のタイトルも問題含み。
そのことについては、すでにどこかに書きました)

じゃあ、定義づけなければ。ということなのだけれど、
学問的(つまり国内外の歴史などを調べて)定義づけるには
かなりいろいろと調べたり、考えたりしなければならなくて、
それはずぼらな私がやってもな、と思っています。

一応、教師教育者について、

2011年に日本教育学会で自主シンポジウムを開いて整理を試みました。
が、この頃はまだCiniiにはほとんど論文がありませんでした。
…9年後の今、やっと73件(最初の頃のものは論文とは呼べないレベルです。

それで、

以前、『現代の教育改革と教師 これからの教師教育研究のために』(東京学芸大学出版会,2011)という本に「日本における『教師教育者研究」の課題」という論考を書きました。

https://product.rakuten.co.jp/product/-/adf3df17ba5e53305c33aa1a738b46f1/?scid=s_kwa_pla_boo&icm_acid=861-767-4285&icm_cid=252516927&icm_agid=24053784687&icm_kw=&icm_mt=&icm_tgid=aud-297601030793:pla-84798449282&gclid=Cj0KCQjwhvf6BRCkARIsAGl1GGhEL2wg8Tf5zsxlBRb462LCHlOB8hRfva3ze-mfOC4oJxoUOr4N9EcaAi7HEALw_wcB&gclsrc=aw.ds

うまくリンクできません…。もう絶版ですし。
しかもなぜか、この本の中で私の論考は、「補論」というジャンルに入っていて、つまり「論」として認められなかったわけです。その位、この分野は曖昧模糊としていました。
でも!!この問題を整理するときには必ず役立ちます。
どこかの図書館で見つけて読んでみて下さい(必要であれば、お問い合わせください)。

その後、学会誌に『教師教育実践への問い―教師教育者の専門性開発促進のために』(2012)、を書き、また、
こちらの訳本(2017)の「訳者あとがきー日本における教師教育者研究の発展を期して」で、教師教育者という言葉について解説しました。

https://www.amazon.co.jp/dp/product/4901665243

その中からごく一部を引用します。
・・・国際的な「教師教育者」の6つの役割を考えると、

1)研究者である「教育学者」はあくまでも研究者として「教師教育」に関わっていく必要があるけれど、教師「教育」ができるわけではないので「教師教育者」ではない (注:そのまま呼ぶわけにはいかない)。
2)また、元教師は、教育ができる人として「教師教育」に関わっていくけれど、彼らもまだそのままでは「教師教育者」ではない。
3)教員養成課程で「教職に関する科目」を教えている大学教員も、「教科に関する科目」を教えている大学教員も、「教師教育の授業担当者」ではあるが、必ずしもそのまま「教師教育者」に横滑りするわけにはいかない。

その後、1)や3)にあたる大学教員の中で「教師教育研究者」という名称を使う先生方が出てきたわけですが、

日本の場合、「教師教育研究者」も、大学で教員養成をしているわけですから、自己認識として「教育を主たる仕事としてはいない」場合でも、授業内容によっては「教育」ができなければならない(給料をもらっている)わけです。(美容師養成で、薬剤の説明をする先生は、カット技術がなくてもいいわけですが、たとえば「教育原理」「教育方法」「教育心理学」を論じる先生は、授業で語っていることと実際の教える行為との言行一致が求められるのではないでしょうか。一方で、「教育史」を教える先生は、「教育」ができなくてもいいかもしれません。できた方がいいでしょうけれど。そういう議論が必要でしょう)

今、日本の教員養成で教師教育に携わっている人が「教師教育者」と呼び難いのは、個人の能力の問題だけではありません。
日本の教育史、教育システム上、大学教員の就職に関して今の形ができあがってきたということを理解しておく必要があるでしょう。

今は東大などで、大学教員になりたい大学院生向けに教育方法の学習機会が用意されるようになっていますが、私の頃は全くそういうものがありませんでした。ですから、その頃、大学教員になった先生たちは、「教師教育」する立場であっても、一から教育方法を自分で身に着ける以外にありませんでした。

それがどんなに大変なことかは、自分で身に染みています。

私も29歳の時に「教育心理学専攻だから=教員養成課程の先生にならないか」というお声がけをいただいて、学校教員経験のないまま大学に就職することになりました(塾講師のバイトをしていたのは少しは役に立ちました)。
自分が嫌悪していた(眠くなる)大学の授業を自分が担当するという事態になって、大慌てで、必死に、学校教育現場の先生に「大学の教職課程の授業で何か(何が)、現場で役立ちましたか?」と聞いて、手探りで「大学における教育内容と方法」を学ぶ努力を続けました。

自分が学生の頃、大学には学びが生まれるいい授業はありましたが、
大学教員の教育方法の良いものは体験したことがなかったのです。
それに、就職したのは、自分のときとは学生たちの学力もタイプも違う大学でした。
つまり、目の前にいるのは、教えなくても勝手に学ぶ学生たちではなく、
教えてもらえるものと口を開けて待っているように育てられた学生たちでした(最初の頃はまだそんなこともなかったのですが、年々その傾向が強まっていきました。学生たちの責任ではないと思います。皮肉なことに学校教育の結果だと思うのです。幸い、ほとんどの学生たちはとても気質のいい気持ちいい学生たちでした)。

そのため、アメリカの「心理教育」のワークショップの資料(大判20冊)などを読み込み、平木典子先生のファシリテーションのワークショップに出たり、精神分析学者でキャンセル待ちのレクチャーをなさる神田橋條治先生のゼミに出たりして、とにかく「真似ぶ」から始めたので、私の授業方法は今でもかなり自己流です。結果的に今、あちこちで広がっているファシリテーションの方法に似ているみたいですし、状況から見て私の方法が伝わったと思われるものもあります。

それもこれも、大学一年の時に見田宗介ゼミに入ってしまい、
また、竹内敏晴氏の実践に出会ってしまっていたことが
関係しているでしょう。
お二人から学んでしまっては、
「学生たちの身体」から聞こえてくる声を無視することはできず、
うまく教えられなくてもがき苦しんでいる私の姿を見せてしまった学生たちには、今も恥ずかしく、申し訳なくて仕方がありません。
鳥山敏子さんの崩壊の記録に涙したことを覚えています。

だから、大学の「教師教育者」が、教育に向かわないことを、
個人の努力不足というつもりはありません。
といって、その結果として、
教師や子どもたちが苦しむことは看過できないのです。

では「教師教育研究者」がどういう授業を展開すればいいのか?
どうしたらいいかを、「ないふり」しないで、
「研究者だから」と逃げないで、みんなで考えてほしいのです。

そして、
新しい「教師教育者像」「教師教育研究者像」を作ってほしいのです。

私は自分が研究者であることよりも、
きちんと定義づけることよりも、
いわゆる教師教育者であることよりも、
(それは皆さんにお任せして)
学校教育を変えようと挑戦するアクティビストであろうと思っています。
それが、もしかしたら、私なりの(学生たちに見せたい)
Teacher Educator の姿かもしれません。

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