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経済書(5):資本主義だけ残った

最近、読んだ中で、「これは!」と思う経済書があったので紹介したいと思います。かなり分厚く骨太の本なのですが、それは米国の経済学者 世界銀行のエコノミストだったブランコ・ミラノヴィッチ氏による「資本主義だけ残った」です。

2つの資本主義

タイトルを見て「資本主義だけ(Capitalism, Alone)」?と思うかもしれませんが、GDP世界第2位の中国は、もはや共産主義でも社会主義でもなく「政治的資本主義」と呼ばれる構造になっていると分析しています。

そして、ロシアや第三世界の国々もいずれ中国モデルに近づいて、米国や先進国・中進国など民主主義国家の経済システムである「リベラル能力資本主義」2つの資本主義だけが世界を制するようになるだろうと述べています。


リベラル能力資本主義


本書では、まず始めに現代の「リベラル能力資本主義」の特徴として、資本家は中世・近代の「有閑階級」(貴族階級)などではなく、企業家や投資家、医師・弁護士などプロフェッショナル・エリートたちが高い賃金をもらいつつ、投資資産を増やし、投資利益も得ていることだとしています。

彼ら・彼女たちエリート(ホモプルーティア)は似たような社会的地位(高収入・高学歴)にある者同士で結婚し、共稼ぎによりさらに高収入世帯となる。そして、子供たちにも良質の教育投資をする傾向が強く、自らの資産継承だけでなく、次のエリート層を育てることで、世界レベルで社会的地位の固定化、不平等の世代間継承を招いていると指摘しています。

これをトマ・ピケティ「21世紀の資本」における
 r>g (資本収益率はGDP成長率を上回る)
とともに提示された
 資本 / 所得比率は戦後、上昇し続けている
に当てはめてみると、
資本家vs賃金労働者という古典的な構図ではなく、高所得層がさらに多くの資本を持ってレバレッジを効かせるようになり、国が豊かになればなるほど、経済的成功を求めるエリートたちと一般庶民たちとの間の不平等は拡大し続けることになります。これは「富の呪い」なんだと著書では述べられています。


政治的資本主義

つぎに、著者は「資本主義」の定義として
 1)生産の大半が民間主導で行われている。
 2)労働者の大半が賃金労働者である
 3)生産や価格決定の大半が分散化されている(中央で統制していない)

上記前提の上で「政治的資本主義」の特徴は
 1)優秀な官僚に国家運営を任せる (民にすべてを委ねない)
 2)法の支配の欠如 (主席や党が法を超えて、権力を揮える)
 3)国家の自律性 (国益を最優先し、民間部門を統制する)
にあるとし、それがいまの中国の姿だとしています。

このシステムに近いのが、シンガポール、マレーシア、ベトナム、アルジェリア、タンザニア、エチオピアなどアジアやアフリカ諸国で、かつての植民地から独立を勝ち取り、一党制が続いている国々となります。

また、著者は現在の状況について、西洋的な進歩史観に基づくマルクス史観(労働者革命から共産主義へ)やリベラル史観(封建制から市民革命を経て民主・資本主義へ)では、説明できないとしています。

中国や他の後進国(ロシア・東欧を除く)における共産主義は、植民地国が旧地主等の封建制を廃し、同時に支配国から経済的・政治的な独立を果たすための手段・通過点だったと。
その後、中国では改革開放政策、ベトナムではドイモイ政策を通じて、社会主義を緩和し、独自の資本主義を構築していったという歴史観を展開しています。

ただし、この政治的資本主義は
 1)官僚や党幹部に一定の自由裁量権があるが故に、常に腐敗・汚職
   生み出しがち
 2)経済成長の過程で、急速に発展した都市部と貧しい農村部の格差
   地域・省レベルでの格差が拡がる危険性
といった課題を内包していると指摘しています。

現在の中国が汚職の摘発に躍起になり、「先富論」から「共同富裕」を打ち出しているのも非常に頷けます。

労働と移民、福祉国家、腐敗、

さらに本書が秀逸なのは、上記2つの資本主義(前半)に続いて、グローバル経済・国家が抱えている問題や矛盾を分析した後半の議論です。

まず始めに自国労働者と移民が得る市民権プレミアム(レント・超過利潤)と矛盾がテーマになります。先進国では国民に様々な行政・福利サービスが提供されていますが、それをどこまで移民に提供するかという問題です。

移民にも多くのレントを与える政策をとると、自国民の稼ぎ・富を分配することになるので、多くの国民は移民制限論に傾きやすくなるだろうと。

この話は福祉国家の話に続きます。欧州(特に北欧)のように高い税金と手厚い福祉制度を持っていると、大量の移民受入れに対しては嫌悪感があり、福祉国家と移民政策は両立しないとしています。

米国のような競争主義的(ジニ係数が高い)国家は、移民でも能力が高ければ高収入が望めるため、ハイスキルな人材がより集まりやすい
(実際、シンガポールのように就労ビザを高度人材に制限する国は多い)

結果的にロースキルな移民が福祉国家(ジニ係数が低い)に流れやすく、それがまた高福祉政策を圧迫し、(高スキルで多額の税金払う側に回る率が低い)移民と国民の間で不協和音を奏でてしまうのだと。

 *以前、BSで放送したサンデル教授の白熱教室2018年の第一回テーマ
 「移民を拒む権利はあるのか」で似たような議論がありました。


そして、もう一つの大きなテーマはグローバル資本主義における腐敗です。

世界に資本主義だけ残ったことにより、人生の成功は経済的成功によって測られるのが、良かれ悪かれ世界の多くの人々の普遍的イデオロギーになってしまった。

さらにグローバル化により、国を超えたマネーロンダリングタックスヘイブンが可能になり、国家監視の目を搔い潜り、見つけにくくなっている。
一方、貧困国で横行する「賄賂」は官僚や公務員がようやく得られた立場を使って、不公平な運命を埋め合わせるのは当然の権利と考え、あまり罪悪感をもっていない。

富裕国側の人間は腐敗の善悪を論じたり、経済的成功以外のイデオロギーを説こうとするが、それは貧困国から見れば偽善的だ。歴史を紐解けば、これまで多くの富裕国にも賄賂が横行し、レントシーキングを行い、ビリオネアを称賛してきたではないか?と。

つまり、超商業化資本主義では道徳観念の欠如が避けられない
と断じています。

他にも、組織や家庭に属さなくても個人で稼げる・生活できるようになった(原子化と商品化)の話や、解決の方向性や政策提言が行われていますので、興味のある方はぜひ、ご一読ください。

参考

最後に本書では、他にもいくつかの書籍への考察・引用がされていましたので、私も以前、読んで「これは!」と感じた本を載せておきます。



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