つれづれ読書感想文(その19)
最近の読書の流行りはエッセイな気がする。
もともとそんなにエッセイは好きではなかった。
どういう気持ちで読んでいけばいいかわからなかった気がするのだ。
ただ、大人になり特にtwitter やSNSを始めたあたりから読めるようになる。
つまり私からするとエッセイはSNSを読むようなものである。
ブログのほうがわかりやすいだろうか、エッセイというのは開くいえば日記のようなものだと思う。ただし、少しだけ自己満足が入ると思う。
今日あったこんな気になることについてどれだけの表現を用いて表せるのか
そんなことを少し考える。
今回読んだのは、「わるい食べもの」
この前よんだ「透明な夜の香り」の作者、千早茜さんが書かれたエッセイです。
本の中に書かれておりますが、エッセイは初めて。そもそもエッセイというものを書くつもりはなかったようである。
さてエッセイを書かない人がエッセイを書くと、特に千早さんが書くとどうなるのか。
それは、文がいやらしくなく長くなり、描写は細かくなり、情景がわかりやすくなる。
でも作家さんというものはというかいろんな人のエッセイを最近読むが基本的にみんな日常の切り取り方が面白いと思う。
誰しも経験するような一場面を詳細にしかも自分の思いを織り込みながら書いている、そして思い込み方が単純じゃない。
いや、別に構わない。
「あーこう言うときにこういうところあるよね。」
って思うことはたくさんあるがなんかこう、くどいというか、掘り下げが深いというか、そこまで考えるのかと思うような書き方をしていると思う。
もしかしたら、エッセイを書くぞ!と思ったときに
1エピソードを満足のいく作品に仕上げるためには、時間をできるだけ長く詳細に伸ばしていく技術が必要なのかもしれない。
よく伸ばせるよなあ、と私は思うのだが、もしかしたら作者は書いているときに意外とウーーーん、話が弱いなあとか、ううーーーーーんどこを広げたら面白くなるのなあとか考えているのかもしれない。
余談。
「わるい食べ物」というエッセイ集なのでたべものがたくさん出てくる。
心理描写に浸れる方はおなかがすいているときに読まないほうがいいかもしれない。
特に私は茄子の話が印象に残った。たぶん明日、同じ料理を作るだろう。
おわり
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