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パパが立ち会うべき出産。妊産婦死亡第1位の出血について


産科医としてパパに言いたいことがあります。
それは「お産に立ち会ってほしい」ということ。



妊婦さんは命懸けの戦いをしている

「妊産婦死亡」という言葉をご存知でしょうか?
これは、妊娠中または産後42日までに妊婦さんが亡くなってしまうことを指します。
つまり健康であったお母さんが、妊娠をきっかけに命を落としてしまうということです。

周産期医療の発展に伴い妊産婦死亡は低下しているものの、最近では下げ止まりです。
日本では毎年30-40人の妊婦さんが命を落としています。

世界と比べると非常に低く、日本の周産期医療が優れていることを示していますが、それでも年間30人以上の妊婦さんが亡くなっている現実を受け止める必要があります。

これから楽しい育児が待っていたはずなのに。
亡くなった妊婦さんや、その家族を思うと胸が痛みます。


死亡の原因第1位が出血

お母さんの体は妊娠中、出血に強くなるように準備されています。
子宮が大きくなり、赤ちゃんに血液を送るため、妊娠前と比べて循環血液量が30〜40%も増えます。
そのため、1リットル程度の出血なら輸血も必要なく対応できることがほとんどです。

しかし1.5リットルを超えた辺りから急速に症状が悪化します。

それはなぜなのか?

血液には「凝固因子」という血を固める成分が含まれていますが、出血とともにこれも失われます。
凝固因子が一定量失われると、血が固まりにくくなります。
そうなると、出血が止まらずさらに出血が続くという悪循環に陥ります。

凝固因子が枯渇すると出血がいわゆる「蛇口を捻ったような赤い水」のようになり、出血が止まらなくなります。


お産で多量出血する原因は?


①  弛緩出血

子宮は筋肉の塊です。
お産が終わると、子宮が収縮し硬くなることで出血が止まります。
子宮の収縮がうまく行かないと、いつまでも大きな子宮からだらだらと出血が流れ続けます。

特に大きな赤ちゃんや双子ちゃんの場合、子宮が大きく伸びきっているため、弛緩出血のリスクが高くなります。
またお産の時間が長かった場合も、筋肉は疲れ切っていてなかなか収縮してくれず、弛緩出血のリスクが高くなります。


② 産道裂傷

赤ちゃんが通ってきた通り道にはたくさんの傷ができてしまいます。
縫ってすぐに止血できる傷であれば良いのですが、奥まったところの傷や太い血管が走っていた所の傷は、止血に難渋します。
代表例が、頸管裂傷や膣壁血腫などです。


③ 子宮破裂

過去に帝王切開の既往など、子宮の手術をしたことがある妊婦さんで起こることが多いのですが、お産のストレスで、筋肉に穴が開いてしまう場合があります。

特に妊娠中の子宮は血流が豊富なため、多量に出血することがあります。
緊急でお腹を開けて手術が必要になる場合が多いです。


④ 胎盤の異常(癒着胎盤、前置胎盤など)

胎盤はお母さんから赤ちゃんに栄養や酸素を送るため、非常に血流が豊富です。
通常は、赤ちゃんが産まれ後に自然に胎盤も剥がれて来ます。

しかし、子宮の筋肉にべったりと胎盤がくっついてしまっており、胎盤がなかなか剥がれないことがあります。これを癒着胎盤と言います。

部分的に剥がれた胎盤から出血が続いたり、無理に剥がそうとして子宮の大きな血管を損傷し、多量に出血したりします。
べったりとくっついたテープを剥がすのに似ています。

体外受精は最も有名なリスク因子であり、最近では本当に多く経験するようになりました。


続いて、前置胎盤とは子宮の出口に胎盤がある位置の異常です。
子宮は筋肉であり、産後は収縮して出血が止まりますが、子宮の出口のあたりはそもそも筋肉が少なく収縮がしにくい部分です。
そのため、胎盤が剥がれた後の剥き出しになった血管から出血が続いてしまいます。


⑤ 羊水塞栓症

どんな治療をしようとも太刀打ちできない時もある怖い病気です。
羊水の成分に対するアレルギー反応とされていますが、病態は未だわかっていないことも多いです。

全身で凝固因子が使われてしまい、止血に凝固因子が回らず出血が続いてしまいます。


その他にも子宮内反症、常位胎盤早期剥離など原因は様々です。


産科医の本音

我々産科医の本音を話すと、お母さんの命がどんな時も最優先です。

赤ちゃんが産まれることがゴールではありません。
産科医からすると、赤ちゃんが産まれた後は出血との戦いになるため、寧ろ緊張感があるという先生も多いはずです。


旦那さんは安堵し赤ちゃんの方ばかり向いてしまうのは仕方がないですが、お母さんはこれから出血と戦うのです。


ショックインデックスって何?

多量出血の時の対処法や検査など挙げたらキリがないですが、ここではショックインデックスだけ覚えておいてください。

出血が増えてくると、血圧を維持するために、心臓に頑張ってもらって(脈拍数を増やして)対応します。
それでも対応できないほど出血が増えると、全身の血圧が保てなくなり、血圧が下がってきます。

ショックインデックスとは、脈拍数を上の血圧で割ったものです。
例えば脈拍数60で上の血圧が120の場合にはショックインデックスは0.5です。

ショックインデックスが高いということは、脈拍数が高い/血圧が低い ということなので出血が多くなってきているとわかりますね。
お産の時は正確な出血量の測定が難しかったり、そもそも測定に時間がかかるためショックインデックスが頻用されます。

ショックインデックスが1(上の血圧と脈拍数が一緒の値)を超えてくると、医療従事者たちはバタバタと動き出します。
血液検査をしたり、点滴の数を増やしたり、場合によっては輸血の準備を始めることがあります。

1.5を超えてくると産科危機的出血と言います。
直ちに輸血を開始して、小さなクリニックなどでは大きな病院への搬送を行います。

夫にできることは?


命懸けの戦いをしている妊婦さんを、最前線で応援できるのは旦那さんしかいないと思います。
スポーツ選手の奥さんが、応援席で声援を送っているそれと似ている気がします。
いるだけで頑張れる。

医学的な話でなく少し精神論に聞こえてしまうかもしれませんが、それで頑張れることってたくさんあると思うんです。

一番近くにいて声援を送る。それだけで十分だと思います。

今回この記事を書いたのは、旦那さんにお産は命懸けのイベントであるため、二人で乗り越えてほしいものだと知って欲しかったからです。

「二人で乗り越えた」
その経験が後々の育児につながります。
お産の立ち会いをしてはじめて、育児のスタートラインに二人で立ったと言っても過言ではありません。

是非奥さんが許せば、お産の立ち会いをしてあげてください。


まとめ

① お産は命懸けのイベントであり、毎年30-40人の健康なお母さんが亡くなっています

② お産で亡くなってしまう原因の第1位が出血です。

③ 出血の原因は弛緩出血、産道裂傷、子宮破裂、癒着胎盤、前置胎盤、羊水塞栓症など様々です。

④ 産科医も出血と戦っています。ショックインデックスという指標を使っています。

⑤ 夫にできることは奥さんの側にいてあげること。お産を二人で乗り越え、育児のスタートラインに一緒に立ってください。

2024/8/27時点でのエビデンスを元に作成しています。


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