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菜の花忌特別企画・司馬遼太郎初期長編を読もう!③『風の武士』
こんにちは、青星明良です。
この読書エッセイ『青星の読書放浪記』は、私が色んなジャンルの本を放浪し、推し作品をみなさんに紹介していくための連載です。
2月12日は、私が尊敬する司馬遼太郎先生の命日にあたる菜の花忌。
そこで、今週の2月10日(月)~2月14日(金)の5日間にわたって司馬先生の初期長編小説『梟の城』『花咲ける上方武士道』『風の武士』『戦雲の夢』『風神の門』を紹介していくことにしました。
菜の花忌当日にあたる今日は、謎の隠し国をめぐる壮絶な戦いを描いた伝奇小説『風の武士』です。
作品紹介
司馬遼太郎『風の武士』(講談社文庫)
伊賀忍者の末裔で貧乏御家人の次男坊・柘植信吾は、小さな町道場・無一流指南練心館で代稽古を務めていた。ある日、道場に赴くと、用人格の老人が殺されていた。多くを語らない道場主と娘のちの。しかしこれが、巨万の財宝が秘蔵されているという熊野の隠し国・安羅井をめぐる壮絶な戦いの始まりだった。
というわけで、物語の舞台は前作『花咲ける上方武士道』につづいて、幕末。主人公は伊賀忍者の末裔の凄腕剣士です。
いちおうは幕末ものなのですが、本作のテーマは尊皇攘夷や倒幕運動ではありません。本作は、熊野の秘境にあるとされる安羅井なる幻の国の謎を追うという摩訶不思議&冒険てんこもりな伝奇長編となっています。
その隠し国・安羅井には、千年来人知れずひっそりと暮らしていた謎の人々がいる。そして、彼らはばく大な金を隠し持っている……らしいのです。
その隠し国の存在を15年前に嗅ぎつけた紀州藩は、熊野のどこかにあるという安羅井の所在を探るため隠密を放ちます。
安羅井人たちは、「ずっと隠れ住んでいたのに、紀州藩に自分たちの存在をあばかれたくない。そうだ、幕府に『運上(税)を上納するから助けて。このまま隠し国としてほうっておいて』って頼もう」と考えます。
しかし、財政難の幕府がそんな虫のいい願い出を受け入れるはずがありません。「安羅井の所在をつきとめて天領(幕府の直轄地)にし、金銀財宝をゲットだぜ!」とたくらみます。
そして、その安羅井の所在の探索を命じられたのが、我らが主人公・柘植信吾なのでした。
公儀隠密として安羅井の謎にせまる信吾
同じ公儀隠密で信吾の監視役の猫(可愛い名前だけどおっさん)
安羅井の財宝を狙う紀州藩
そして故郷を守ろうとする本名不詳の安羅井人
様々な勢力が入り乱れ、思惑が交差し、物語は安羅井の驚くべき秘密へと近づいていきます。
また、信吾が想いを寄せる道場主の娘・ちのが、高力伝次郎(紀州藩の回し者で、信吾と互角の剣技を持つ)によってさらわれてしまい、彼女の安否も気になるところ。ちのは安羅井と関係があるらしいのですが……。
謎が謎を呼び、冒険が冒険を呼ぶ!
若き司馬遼太郎先生の傑作伝奇小説!
めちゃんこ面白いので、読まないともったいないです!😊
(ちなみに、私は最初に二代目大川橋蔵氏主演の映画版を観て、そのあとで原作を読みました。原作と映画では根幹部分で大きな設定の違いがあるので、見比べてみるのもいいかも知れません)
アイデンティティの葛藤に悩む若き主人公
前の記事の『花咲ける上方武士道』の紹介でも語りましたが、司馬先生は颯爽とした若者が好きみたいです。
なので、今作の主人公である柘植信吾も爽やかな青年剣士。
強いし、女子にもモテモテです。
「居合は、未然なるものが動く兆を察して抜くもの。蓮が花開く音を発する直前に抜刀せよ」という父の教えのもと、居合の鍛錬をする場面がすんごくカッコイイんですよね😊
ちなみに、恋愛方面では、出自がミステリアスなちのがメインヒロインなのでしょうが……。
個人的には、幼馴染ヒロインのお勢以のほうがお気に入りです。
幼友達ゆえに色恋の対象として見ることができないお勢以との微妙な関係がとても切ないのです。
そんな強くて爽やか剣士の信吾ですが、なんの悩みも持たずにチャンチャンバラバラバラ冒険活劇をやっているわけではありません。
彼は、誇り高き将軍の直参でありながら伊賀忍者の末裔という複雑な家に育ったがゆえの葛藤を胸に秘めています。
また、我が身を束縛されることを嫌う気性の持ち主で、公儀の手先になることを良しとしません。やや軽率なところもあって、「公儀隠密の役目など、私は捨ててもいいのだ」とその時の感情に任せて放言してしまうことも。
そういう信吾の気性が災いし、同じ公儀隠密の猫からは危険視されてしまいます。
公儀の走狗としての信吾
誇りある武士としての信吾
ちのを恋する一個の男としての信吾
彼の心には様々な自分が存在するのです。
でも、どの自分を己の心の中心に据えるかで悩み、揺れ続けています。
「そのとおりだ。――しかし、教えてほしいんだが、私は一体、何者だろう」
信吾は、夷軒が思わず吹きだしたほど、不思議そうな顔つきをして訊ねた。
「あんたはね」
夷軒はしみじみと信吾の肩に手を置き、
「ただの柘植信吾さ。公儀隠密でもなければちのの情人でもない。しかし、私が半生のあいだ会ったひとのなかで、いちばんの人の好い仁だな」
この作品は、若者がアイデンティティの葛藤を経て成長していく青春小説でもあるのです。
新選組がゲスト(?)出演
ちなみに、原作と映画の違いのひとつに、新選組の出番の有無があります。
映画版では影も形もなかった近藤勇や土方歳三が(少しだけの出番ですが)出て来てビックリしました(笑)。
司馬先生の長編作品で新選組が登場するのはこれが最古みたいですね。
『燃えよ剣』ファンとしては、トシ(土方歳三)がゲストキャラでも登場すると燃えてしまいます🤩
安羅井国の衝撃的な事実(メガトン級ネタバレ注意!!!!!!)
※以下、物語の最大級のネタバレが記されています。安羅井国の正体をちゃんと小説を読んで確かめたいからネタバレはNO!という方はお気をつけください。
‼️‼️‼️‼️ネタバレ注意報‼️‼️‼️‼️ネタバレ注意報‼️‼️‼️‼️
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物語の終盤、信吾はついに安羅井国にたどり着きます。
しかし、彼の冒険は、儚い余韻と共に夢か幻のごとく幕切れへ……。
信吾が見た安羅井国の衝撃的な事実とは何だったのか。
実は、この肝心かなめの「安羅井国の人々の正体」が原作と映画では違うのです。
映画版では、安羅井国は平家の落人たちが作った隠れ里だったという結末になっています。
「何だよ。いかにもありそうな設定じゃん」
そう思われる方もいるかも知れません。
しかし……原作の結末が1960年代の歴史小説としては冒険しまくりだったのです。
だから、映画を観ている当時の人たちがわかりやすいように「安羅井人は平家の落人の末裔」というありがちな設定に改変したのだと思われます。
原作で語られる隠し国・安羅井の正体とは――。
「(前略)あの者たちは、ゆだや人という者の一派だという。大むかし、羅馬という国に国をうばわれてからあの者どもは諸方に流浪した。地上のさまざまな国に仮寓し、また、かれらの仲間だけが知っている隠し国をひらいた。安羅井の国はその隠し国の一つだという。(後略)」
……おわかりいただけたでしょうか。
すなわち、安羅井はイスラエルのもじり。安羅井人たちとは、はるか昔に日本へとやってきたユダヤ人景教徒の末裔だったのです!
聖書に記されたイスラエルの12部族のうち、行方のわからなくなった10部族のことを「イスラエルの失われた10支族」といい、その一派が古代日本に移住していた――という伝説があるのをご存知でしょうか。
ムー民(オカルト雑誌・月刊ムーの愛読者のこと。私もムー民です。ムーミンじゃないよ)の間では有名な説です。
「日本人は『イスラエルの失われた10支族』の一派の末裔である」
「少数のユダヤ渡来人が日本に同化しただけである」
などと説は色々と分かれますが、ざっくりまとめるとこれを日ユ同祖論といいます。
この日ユ同祖論はNHKの人気番組『ダークサイドミステリー』でも2023年7月に取り上げられたことがあります。
今ではネット上などでよく語られている説ですが、webムーの記事「70年代オカルトの大衆化と超古代史”ガチとの遭遇”/ムー前夜譚(2)」によると、日ユ同祖論は1960年代には一般的に知られていなかったとのこと。
「イスラエルの失われた10支族」を知っている日本人が、当時どれほどいたことやら……。
そんな1960年代の幕末小説に「イスラエルの失われた10支族」をぶっこむ司馬先生、マジ創作の翼をはばたかせまくりでござる。
しかも、司馬先生は『風の武士』を書く前の1950年代にも、短編『兜率天の巡礼』で同じテーマに挑んでいます。
ある教授が妻の先祖をたどっていくうちに驚くべき古代日本の真実に行き当たる過程を幻想的な筆致で描いています。
たいへん興味深い一作ですので、興味のある方はぜひこちらの短編もご覧ください。私は『司馬遼太郎短篇全集 第1巻』で読みました。
ちなみに、司馬先生はこの「古代日本にやってきた(かも知れない)イスラエル人の一派」のことをどこで知ったのでしょうか。
司馬先生の幻の長編推理小説『豚と薔薇』のあとがき(この小説は再刊されておらず、全集にも未収録のため入手困難だが、あとがきは新潮文庫刊『司馬遼太郎が考えたこと1』で読める)によると、新聞記者時代の司馬先生は銭湯である老紳士と出会ったといいます。
その老紳士いわく、「キリスト教を初めて日本にもたらしたのはフランシスコ・ザビエルではない。ザビエルよりも千年前、古代キリスト教が日本に入っていた」とのこと。
司馬先生はその老紳士の指示に従い、「日本古代キリスト教」の遺跡を踏査。その調査結果を新聞の記事にしたところ、海外の新聞に転載されるほどの反響があったという話です。
後年、司馬先生は『街道をゆく』シリーズで「日本人はどこから来たのか」を探る果てしなく長い旅に出ます。
日本のルーツを知りたいという想いが、古代日本に来たとされる「イスラエルの失われた10支族」を探究する情熱の燃料となったのかも知れません。
というわけで、今回の読書放浪はここまでです。最後までご覧いただき、ありがとうございます‼️
『風の武士』は、主人公だけでなく、作品自体もすごく”冒険”している伝奇小説の快作です。
未読の人(特にムー民の人!)はぜひぜひ読んでください🌟
「青星の読書放浪記」特別企画・司馬遼太郎初期長編を読もう!
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