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『大晦日に訪れる奇跡』_時を縫う奇瓢譚


昔々、日本海の小さな村に、不思議な『年越し伝説』がありました。村の人々はその伝説を信じて、大晦日の夜になると、決まって古びた神社を訪れていました。

その神社には、年越しの夜だけ現れるという、ひとりの老人がおりました。老人は白髪に長いひげをたくわえ、背中には一振りの杖を携えており、その姿は、どこか神々しい雰囲気を漂わせていたそうです。村の人々がその老人に近づくと、彼は静かに微笑んで、特別な「そば」を振る舞ってくれたのでした。

そのそばは、ただの「そば」ではありませんでした。食べた者にだけ、「未来をチラッと垣間見ることができる力」が宿るのです。

人によって、見えるものに多少の違いがありました。未来に起こる出来事の一部分であったり、予想もしなかった出来事の兆しであったり。誰もがその未来の姿に驚き、時にはそれを恐れることもありました。それがこの村に伝わる年越しの不思議な力でした。

大晦日が来るたび、町の人々はこの奇跡の神社を訪れ、老人から「そば」を受け取ることを楽しみにしておりました。しかし、老人が現れるのは大晦日だけ。年明けの朝になると、彼の姿はどこにも見当たらなくなってしまうのでした。



そして時が変わり......20XX年の大晦日。
神社の境内は初詣の準備で賑わっていた。大晦日の夜、境内に現れたのは、白い長髪とあごヒゲを蓄えた老人だった。老人はフード付きの真っ白なダウンジャケットを羽織り、下も真っ白なジャージ姿。女性用のつっかけサンダルを履き、片足だけは靴下を履いている。手にはそばがたっぷりと入った、古びたアルミ鍋を抱えていた。

「おお、今年も寒いのう。ほれ、温かいそばじゃ。未来がチラッと見えるかもしれんぞ」
老人はニヤリと笑いながら、参拝客たちに一杯ずつそばを盛り始めた。

最初にそばを手にしたのは、近くの高校に通うリョウだった。将来の進路に迷い、なんとなく友達に誘われて神社に来たものの、期待もせずにそばをすすった。その瞬間、リョウの目の前に光景が広がった。自分がカメラを手に世界中を旅し、写真家として活躍している姿だ。

「こんな未来が本当に?」と驚くリョウに、老人は微笑んだ。
「未来というのはのう、自分で作るもんなんじゃよ。見えたからには、動いてみなされ」

続いて、主婦のミサキや会社員のカズマ、町の小学生たちも次々にそばを食べ、自分なりの未来を垣間見た。ある人は家庭で笑い合う姿を、ある人は趣味で作ったものが評価されている姿を見た。

しかし、誰かがふと気づいた。老人自身はそばを口にしないのだ。不思議に思ったリョウが尋ねると、老人は少し首をかしげながらこう答えた。
「わしの未来?そりゃあ、お前たちが作るものじゃよ」

その答えを最後に、除夜の鐘が鳴り終わる頃には、老人はまるで夜霧のように姿を消していたのだった。



それ以来、リョウは夢中で写真を撮り始め、やがてプロを目指し動き出した。ミサキはずっと先送りにしていた趣味のパン作りを始め、町内でパン教室を開いた。カズマは転職を決意し、自分の好きなことを仕事にできるよう努力した。

数年後、その町は少しずつ活気を取り戻していた。町内の商店街には若者が集まり、学校では子どもたちが未来の夢を語り合う。神社の境内は年々にぎやかさを増し、大晦日にはみんなでそばを食べながら一年を振り返り、来年の夢を語るのが習わしとなった。

ある年、写真家として成功したリョウは、大晦日の夜にふと思い立って故郷の神社を訪れた。都会での忙しい日々に追われる中、懐かしい町の風景に心が安らぎ、境内に響く笑い声や人々の話し声に自然と笑みがこぼれた。

境内の片隅で、リョウはカメラを取り出し、にぎやかな様子を写真に収めた。地元の子どもたちが寒さに頬を赤らめながらそばをすすり、年配の人々が昔話に花を咲かせる。そんな光景を撮っているうちに、リョウの視線はふと社殿の奥に引き寄せられた。そこには、ぽつんと座っている老人の姿があった。

老人はどこか見覚えのある風貌で、アルミ鍋をそばに置きながら小さな火を囲んでいた。リョウがゆっくりと近づくと、老人は顔を上げて微笑んだ。

「おお、よく戻ってきたのう。寒いじゃろう、そばでも食べるか?」懐かしい声に驚いたリョウは、「じいさん?」と問いかけた。

老人は、まるで当たり前のようにリョウの質問を聞き流しながら、温かいそばを差し出した。リョウは蕎麦のつゆをひと口飲むと、不思議な感覚に包まれた。そしてあの時のように目の前に光景が浮かんできた。

町の子どもたちは大人になっていた。リョウは自分の家族を引き連れ、この神社で年越しを迎えようとしている。そしてリョウの撮った写真が、神社の掲示板に飾られ、みんなの笑顔がそこに収められている様子が見えた。

「じいさん、これは俺が撮る未来の写真ですか?」とリョウが聞くと、老人は満足そうに頷き、「そうじゃ。それはお前の写真であり、町のみんなの未来でもある」と静かに言った。そしてリョウに向かって、まるで何かを託すようにそっとこう続けた。

「この町を、これからも写真に残していくんじゃよ。お前ならできる」

その言葉に胸が熱くなったリョウは、気づけば涙が頬を伝っていた。涙を拭って顔を上げると、老人の姿は消えていた。ただ、火の近くに置かれたアルミ鍋だけが小さく輝いていた。

その後、リョウは毎年のように大晦日の夜に故郷の神社を訪れるようになり、写真を撮り続けた。町の人々は、その写真を見て笑顔になり、次第に神社には彼が撮った何十年分もの写真が飾られるようになった。

やがて、「未来を作るのは自分たち」という老人の言葉が町の合言葉となり、リョウの写真がその言葉を支え続けた。

大晦日の夜、今年もこの神社を訪れる人々は、心が満たされ、喜びに溢れた笑顔で家路に向かうのであった。


めでたしめでたし。





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