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『厄年指南書』 #時を縫う奇瓢譚 #note書き初め



むかしむかし、山あいの小さな村に「厄年指南書」と呼ばれる巻物が伝わっていた。この指南書には、厄年を迎えた者が災いを避ける方法が詳細に記されており、代々村人たちの間で大切に守られてきた。
その巻物の最後には、こう書かれている。

「最後の一行は決して読んではならない」

それは村の不文律であり、誰もその禁忌を破ろうとしなかった。読むことが許されない一行には、何か恐ろしい呪いが込められているのだと信じられていたのだ。

ところが、ある年、村一番の変わり者、甚吉が厄年を迎えた。甚吉は噂好きの口達者で、日々の暮らしに飽き足らず、他人を驚かせることに生きがいを見出しているような男だった。

村人たちが「最後の一行を読んではいけない」と忠告すると、甚吉は鼻で笑った。

「読まないで済むかよ。どうせくだらないことが書いてあるんだろう?」

村人たちが止める間もなく、甚吉は指南書を手に取り、すべてのページを堂々と読み始めた。そこには、「夜道を歩くな」「火の近くで作業するな」など、厄年に気をつけるべき注意が綴られていた。

甚吉は「こんなこと、誰でも分かることじゃねぇか」と不満げに呟きながらも、ついに最後のページにたどり着いた。

甚吉がその「最後の一行」を読んだ瞬間、突然大声で笑い出した。

「なんだこれは!『災いを避けるには、他人に厄を押し付けよ』だと?」

村人たちは顔を見合わせ、息を呑んだ。
禁忌を破った甚吉にどんな恐ろしい罰が下るのかと震え上がったが、甚吉は平然としたままだ。

むしろ楽しそうに村人たちを見回すと、握手を求めたり肩を叩いたりしながらこう言った。

「さあ、厄を押し付けてやったぞ!」

冗談だと思っていた村人たちだったが、次の日から次々と妙な出来事が起こり始めた。

川で洗濯をしていた女は着物を流し、畑を耕していた男は鍬が折れる。みな小さな不運に見舞われるたび、「厄を押し付けられたんだ」と口々に言い合った。

村全体が混乱に陥る中、甚吉だけはケロリとして言った。

「ほら見ろ。俺には何の災いも起きない。指南書の言う通りだ!」

村人たちはついに怒り出し、指南書を焼き捨てようとした。しかし、その瞬間、甚吉が口を開いた。

「待て待て。こんな貴重なものを燃やすなんて勿体ない。俺がもっと役に立つ内容に書き換えてやるよ」

そして数日後、村の市場に「改訂版 厄年指南書」が並べられた。

表紙には大きな文字で「甚吉著」と記されている。中身は甚吉がでっち上げた新しい「厄払いの知恵」で埋め尽くされていたが、値段は法外だった。

村人たちは呆れながらも買い求め、またしても甚吉の口車に乗せられる。甚吉は高笑いしながら言い放った。

「やっぱり厄年ってのはいいな。これほど儲かる年は他にない」


めでたしめでたし。(なのか?)


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