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其の二 外来担当

胃カメラ室から外来担当になった はじめは消化器外来 年配の優しいドクターのもとについた 健診施設の外来は健診で要精密検査が必要とされる受診者や胃カメラで定期的にお薬を処方している患者 従来からこの外来をかかりつけ医として通院してくる患者が主だった 患者はすこぶる多かった 慣れないカルテが大量にまわってくる 終わりの時間がきても終わらない 午後からはカルテの整理、精密検査の結果報告書を書くことに追われた 看護師なのだが事務作業が大半を占めていた
数年して担当のローテーションになり次は循環器外来に配属された ドクターは大学病院から派遣されてくるの先生方と曜日ごとに対応することになった 各先生ごとに決まり、クセ?があった 毎日緊張の連続だったがなんとかこなしていった そのうちだんだん認められるようになりモチベーションがあがった やりがいがあった 振り返ればこの時期が一番充実していた 忙しさの中にお馴染みの患者さんたちとの触れ合いも楽しかった 数年が過ぎ、またローテーションかな………とおもっていたら上司から管理職への打診があった 驚きと認められた嬉しさもあったが私に管理職ができるのかと不安があった が人事は絶対である 首を立てにふるしかなかった 外来担当からはずされ 全体を見る立場になった スタッフとの距離が遠くなった お馴染みの患者さんたちとの触れ合いも遠のいた 受付での受診者からのクレーム対応 スタッフの採血ミスの対応 仕事内容がガラッと変わった その頃はパソコンがようやく管理職だけに貸与される時代だった毎日パソコンの前で他部署からくるメール対応 様々な業務のマニュアル作成と事務作業ばかりだった これが看護師の仕事なのか…………モチベーションが下りぎみになっていった 一人の管理職が異動になり 私はさらに上の管理職の立場になった 部下をつかう ということが苦手だった 仕事の割り振りがうまくできなかった なんでも自分で引き受けてしまう 
パンクすること目にみえていた
なんでもきっちり完璧主義の私は仕事一筋になった 毎朝タクシーで6時に出勤していた 守衛さんしかいない薄暗い朝から仕事をしていた 異常だった 管理職は孤独 上司からは認められ良くしていただいたが一方スタッフのひとりから無視されていた スタッフには人一倍気をつかった 心が擦り切れた 独り身だったので仕事に集中できたが相談、愚痴を言う相手もおらず寂しかった ちょうど12年目だった 糸が切れた すべてに拒否反応がでた なにもかもいやになった 食べることも仕事をすることも 眠ることも 1人、部屋のなかで徘徊するように不安が襲ってきた なんとか我慢して土曜日の午後、急遽実家に帰った 迎えにきてくれた両親の顔をみて涙がでた 母から上司に電話してもらい仕事に行けない旨を話してもらった 次の日心療内科を受診した 涙で何を話したかわからない『うつ状態』の診断書を書いてもらった 退職の連絡をした
続く…………

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