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マッチングアプリ備忘録

元カレとの別れ

 大学3回生の4月、当時付き合っていた人と別れた。理由は、遠距離恋愛のすれ違いといったところだろうか。電話での話し合いの末、別れた。友達に戻ろう、という話をした。

 初恋だった。大好きだった。彼とはもう二度と一緒にデートに行ったり、夜に電話したりすることができないと思うと、涙が止まらなかった。それほど彼には魅力があった。他の人に取られたくなかった。話していると、私をいつも前向きな気持ちにさせてくれる人だった。

 どうしたらうまくいったのだろうかと、たくさん考え、たくさん後悔した。もっとできることがあった。でも、時間はもう巻き戻すことができない。いつまでも彼のことばかり考えているわけにはいかない。
 
 マッチングアプリを始めたのは、直接的には、彼との別れがあったからだ。

 ちなみに、今でも元彼のことが大好きで、これ以上の人にはもう出会えないだろうと思っていることを、はじめに断っておく。

マッチングアプリを始める

 マッチングアプリをしていた友人がいた。友人は彼氏がいたが、彼氏とあまりうまくはいっていないようだった。それで、人生経験のためにというか、異性と話したかったからというか、マッチングアプリをやっていた。
 別れてから、友人たちにマッチングアプリを勧められた。その場のノリでアカウントを作った。しかし、最初はまともに始める気にはなれなかった。まだ彼のことが大好きで、彼以外の人と付き合うことなんて考えられなかったからだ。

 4月に別れて、6月頃から、マッチングアプリを触り始めた。
 別れ際、元カレに言われたことを思い出したのだ。

僕のことは忘れて欲しい
他にいい人がいるよ

 忘れるためには、新しい恋をしなければならないと思った。それに、他の人と会わずして「他にいい人はいない、君しかいない」と言うのは実証的ではないと思った(よほど君しかいないと言いたかったけれど)。
 まあ、他にいい人と出会えれば、それはそれで良いし。

 いいねしてきた人にいいねを返してみるなどした。基本的には同世代で大学生にだけいいねを返していた。メッセージでのやり取りもした。バイトや部活の話、大学で何を勉強しているかといった話をしたような気がする。マッチングアプリといえば同時並行でメッセージを進める人も多いと思うが、まだ始めたてだったので、複数人と同時並行は不誠実なような気がしていた。

 そしてある日、一人の人が通話に誘ってくれた。


一人目 通話のみ

 たくさんの人とメッセージをしたが、途中でフェードアウトしていった人がほとんどだ。その中で印象に残っている人のうち、最初に出会ったのがこの人である。私より二つ年上の4回生だった。

 誰かと通話するのは、久しぶりだった。元彼と付き合っていたころは週2で通話していたが、別れてからは誰とも通話することがなかった。寂しさを紛らわすためにYouTubeの通話している風の寝落ちBGMを聞くことはあったけれども。あの頃はとても幸せだったなあみたいなことを思い出しながら、アプリの人と電話した。

 まず、声を聞いた。少し低い声だったと思う。私は元彼の柔らかい声が大好きだったのだが、それに比べるとややガサガサした声だった。うーん、という気持ちになった。

 他愛もない話をした。話しているうちに、共通の知り合いがいることがわかった。本名は名乗っていなかったが、大学名は明かしていたので、普通に身バレしそうだなと思い、怖くなった。ペアーズの通話は最初は何分かで自動的に切れる仕組みになっている。初めてだったので、電話の途中で突然話が切れたときは、相手に切られたものだと思い、驚いた。さすがにそんなことしませんよ、と向こうは言っていた。向こうは初めて通話したという様子ではなさそうだった。その後もう少し話しますか?とメッセージで話して、追加で話をした。寂しさが紛れたという意味で楽しかったとは思う。

 しかし、通話後は特に会いましょうかというやり取りもなく、そのままフェードアウトした。まあ、そんなもんだよなと思った。

二人目 LINEを交換する

 初めてLINEを交換した相手である。向こうが大学名を明かしていて、同じ大学だったのでいいねをした。マッチングアプリは年齢は公開されるが、学年はわからない。出会った当時、同い年の20歳だったが、学年的には一つ下で、二回生だった。年下興味ないんだよなあと思ったが、まあこれも経験である。

 LINEで話しますか?ということになり、LINEを交換した。私がアプリで顔写真を公開していなかったので、見せて欲しいと言われた。映りが良いけれど、そんなに盛れてはいない写真を送った。別人級の写真を送って、会ったときにがっかりされたら、それはそれで嫌だからだ。ちなみに私は大して顔がかわいくないし、メイクも上手くない。

 向こうも顔写真を送ってくれた。正直、好みの顔ではなかった。男の人の顔を見て、あれはイケメンだとかイケメンじゃないとかは思わない性格だが、元カレと付き合ってから、元カレの顔が好みの顔になっていた。

 会うことになった。日程を調節した。しかし数日後、用事でその日が会えなくなったと言われた。再日程調整する?と聞いたが、忙しくて無理そうと言われた。大して顔も好みじゃないし会いたいとは私も思えなかったので、ラッキーだと思った。とはいえ、初めてアプリで人に会えると思って、友達との話のタネになると考えていたので、やや落胆した。

三人目 コミュ力の高いひと

 この人とは長い間メッセージのやり取りをした。一ヶ月くらいだろうか。最初はアプリでやり取りして、そのあとインスタを交換し、最後はLINEも交換したような気がする。とにかく段階を踏みたがる人だった。アプリ→インスタ→LINE→通話という段階を経たし、ひとつひとつ時間をかけた。

 この人はコミュニケーション能力が高く、学ぶところが多かった。たとえば最初アプリで話す時、それまでの人は敬語が多かったのだが、この人は「タメにしよ!」と言ってきた。年齢が同じだったのもあるが、いきなりタメで話しかけてくる人は珍しいと思った。しかし、タメで話すと不思議と距離は縮まるものだ。一気に話しやすい存在になった。タメ口の不思議な力を知った。こういう出会いの場で、タメ口は有効だなと思った。

 彼はブライダル業界を目指しているらしかった。話を聞いていると、マッチングアプリは出会いが目的なのはあるが、いろんな人に会うことで、初対面の人とのコミュニケーション能力を高めたいという意味もあるということだった。なるほどなと思った。私もそういう目的をもって、マッチングアプリをするのはアリだと思った。

 通話をしたときも、話しやすい相手ではなかったが、盛り上げ方がうまいと感じた。たとえば、「ねぇ、どんな食べ物が好き?」と聞いたあとにすぐさま「当てるわ!」とつなげるとか。「どんな食べ物が好き?」「これこれです」で終わるところを、「これ?」「ちがうよー」といった会話を生み出す。会話のテンポ感も、うまかった。

 一回目の通話で、会う約束をした。ついでに、二回目の通話をする約束をした。

 ところが。

 二回目の通話は向こうの都合でリスケになった。リスケしたものも、さらにリスケになった。

 さらに。

 会う約束をしていた日の、集合時間の2時間ほど前。彼は突然LINEを送ってきた。
 おじいちゃんが倒れたから、行けなくなったと。

 嘘か本当か、私には見分けがつかなかった。その後おじいちゃん大丈夫だった?と聞いたら、大丈夫だったと言っていた。本当だとしたら向こうもドタキャンを申し訳なく感じているだろうと思い、大丈夫だよ、また日程調整しよ的なことを言ったような気がする。

 しかし、彼からの再日程調整の連絡はこなかった。二週間以上は何も音沙汰がなかったと思う。私は、もともと会う気がなかったのだろうと諦めた。インスタのフォローを切った。すると、まもなくしてLINEの方で再日程調整の連絡が来た。もういいやと思った。通話も二回もリスケさせられて、結局会う約束も反故にされたのだ。忙しいから厳しいとおもう、と返信した。向こうはそれで、諦めてくれた。

四人目 良いかんじになった人

初めて会った日

 この人とは、三人目の人と同時並行で話していた。相手は同じ大学の二回生。しかし浪人とのことで、実質同級生だった。アプリの中で話が盛り上がった。大学が同じで、話題を見つけやすかったのはあると思う。

 会う約束をした。三人目の人と同じ日の昼が約束の日になった。結局三人目の人に約束を反故にされたが、そうでなければ、昼にこの人と会い、夜に三人目の人に会うというマッチングアプリ梯子をすることになったということだ。

 この人とは会うことができた。アプリで出会った人と実際に会うことになったのは、この人が初めてだ。向こうが提案してくれた大学の近くの店で、昼ごはんを食べた。顔も嫌いなタイプではなかったし、話も弾んだ。もう少し話したいということになり、少し歩いて、二軒目はカフェに行った。そこでもたくさん話をした。

 三人目の人と話していて、マッチングアプリを通してコミュニケーション能力を上げるのはいい考えだと感銘を受けていたので、私は四人目の人で実践してみることにした。

 具体的には、会話のキャッチボールをするうえで、相手の話を掘り下げて聞くということをしてみた。
 たとえば、野球部をしているという話を聞いた時、「そうなんだ」では終わらせず、「いつからやってるの?」「どうして大学でも続けようと思ったの?」「どれくらい練習してるの?」などと深堀りしていく。その方が相手の考えなどもよく知ることができる。これはかなり上手くいった。話題というのはいくらでも掘り下げられるんだ、という自信がついた。

 相手が好きだった女友達に振られたという話をしてくれた。そういう一見触れづらい話題にも、突っ込んで聞いてみた。向こうが話のさわりだけでも話してくれるというのは、掘り下げて聞いてほしい合図だと考えた。それ以前の私だったら、突っ込んだ話題を聞くのは戸惑われたものだった。しかし、人は意外と話を聞いてもらいたいのかもしれないと思った。

 ツイッターとインスタグラムを交換した。もう連絡はとっていないが、未だにつながっている。

 また会いたいと思った。また会おうよ、と言った。向こうも本当に?と言いつつ、会おうと言ってくれた。次に行きたい店の話をするなど、した。


二回目に会った日

 夜に会った。少し高めのパエリアのお店を提案してくれた。元彼とのご飯の思い出といえば、コンビニのおにぎり、コンビニのパン、マクドナルド、あとそのへんにあったレストラン(価格安め)しかなかったので、こうしてお店を探してくれるという人というのが新鮮だった。

 私は五分前には現地に着くように行動する派の人間だが、彼は時間ぴったりに来た。一回目に会った日も、時間ぴったりに来たのを思い出した。徒歩の時間までぴったり把握しているところに感銘を受けた。

 料理は普通においしかった。相手の家族構成の話を聞いた。小学生のころから欠かさず日記をつけているという話も聞き、すごいなと思った。就職の話もした。いろんな人が、どういうことを目指して生きているのか興味があったので、興味深く聞かせていただいた。

 ごはんを食べたあとも、まだ話し足りなかった。この人とはいくらでも話せると思った。河原に座って、話をした。暗い河原というのは、なんとなくいい雰囲気になる。自然と体と体の距離が縮まって、ギリギリ触れ合うような位置になった。寝転がって空を見上げながら話をしたりもした。男女って不思議だなあ、こんな近寄ろうとしなくてもいいのに、とぼうっと思った。

 その日は私の終電もあったので別れたが、いつか丸一日出かけたいねという話をした。


三回目に会った日

 会う機会を探していた。大学の授業終わりに会うことになった。なんとなく近くでやっていたイルミネーションを見に行くことにした。大学の授業終わりに会うなんて、同じ大学どうしでないとできないことだ。元カレとは遠距離で、なかなか会うこともかなわなかったのに、などと思った。

 雨が降っていた。イルミネーションを見て、夜ご飯はラーメンを食べた。イルミネーションでは、ツーショットも撮った。まだまだ話せると思ったのは、この日も同じ。コメダ珈琲に行って、また私の電車の時間になるまで話した。彼は、電車に間に合うためにコメダ珈琲を出発するぴったりの時間を知っていた。私的にはぎりぎりと感じていたが、しっかり間に合った。時間をぴったりで把握するこの能力には感銘を受けた。

 友達には、マッチングアプリの動向を逐一報告していたが、けっこういいんじゃない?と言われていた。私自身も、初彼が遠距離だったこともあり、一度近距離恋愛を経験してみるべきだろうと思っていた。付き合うのもありかもなあなんて、思った。

 この人のおかげで、しばらく元カレのことをうまく忘れられていたのは事実だ。恋ってこんな感じだったかもなあと思い出したりした。毎晩のように泣くことも、なくなった。

四回目に会った日

 うまく予定が合って、丸一日出かけることができた。お互い忙しかったので、奇跡的だった。

 とても見晴らしのいいリゾート地的なところを相手が提案してくれて、行ってみた。天気もよかった。何回も会っていたので、緊張もいくらか減っていた。

 リゾート地は山の上にあった。ロープウェイでのぼった。ついた先からの景色は、非常に美しかった。景色を眺めながら、リフトに一緒に乗ったりした。芝生に横たわって、一緒に空を見上げたりした。芝生でついた草を互いにはらってあげるなどした。いつか河原で話したときのように、自然と体が触れ合う距離になった。あー男女、と思った。写真撮影ができるところで、写真撮影もした。

 帰り道のロープウェイはかなり揺れた。つかまっていいよと言われて、腕につかまった。なんだか恋人みたいだなと思った。付き合ってもいないのに。こうやってベタベタとするのは、彼に対して媚びているようでなんとなくいやだなと感じたのを覚えている。

 駅で夜ご飯を食べた。あまり店があいていなかったのと、彼がバイトがあって残りの時間もわずかだったので、空いている店に入った。ラーメン屋だった。このラーメンが、なんともおいしくなかった。ふと、そろそろ付き合おうとか言われたりしないかなと思った。この人と付き合うのか、と少し考えた。すると突然、悲しみが襲ってきた。

 もしこの人と付き合うことになったら、私は元彼のことを忘れなければならないのだろうか、と思った。

 元彼に「彼氏できたよ」と報告したら、「おめでとう」と返信がくるのだろうか。だとしたら、つらい。

 この人のおかげで、元彼のことを忘れられるようになっていたのは事実だ。でも、私は元彼のことを忘れたいとは思っていなかったようだ。忘れられないのはつらい。しかし、忘れたくなかった。ましてや、新たな彼氏をつくり、元彼を好きでいられなくなるのはつらい。

 もう、この人と会えないと思った。

 別れ際、この人は「またね」と言った。私はまたね、と言われると思っておらず、不意打ちを受けた。「うん」と慌てて答えたが、私の表情が読み取られてしまったのかもしれない。この人からは、もう連絡がきていない。

 私は、マッチングアプリをやめた。

 彼氏なんていらないから、元彼のことをずっと好きでいたいと思った。元彼が万が一私を思い出したときに、自由の身でいたいと思った。

五人目:つまらない人

 四人目の人と最後に連絡をしてから二か月ほど経った。マッチングアプリを再開してみることにした。
 理由はふたつほどある。一つには、男友達がマッチングアプリを始めてみようかなと言っているのを聞いて、マッチングアプリという存在を思い出したこと。二つには、元彼からのLINEがしばらく未読されていたことがある。

 別れて友達に戻った元彼とは、たまにLINEをする関係にあった。といっても、向こうからLINEが来たことはない。いつも私からだ。でも、LINEをすれば一日以内には返信をしてくれた。そういう律儀さが彼にはあった。しかし、年末を迎えようというその日、彼は何日も私のLINEを無視していた。彼の温情で続いていた、LINEをするという彼との繋がりが、途絶えた。

 四人目の人と出会ったことで、私は元彼への気持ちを再認識してしまうことになった。それからというもの、元彼を思ってつらくて泣く日々がつづいていた。一度、耐えきれずに「会いたい」とLINEしてしまった。まだ気持ちが残っていることを、打ち明けたようなものだ。連絡が途絶えたのはそれから少しあとのことで、私が彼に気持ちが残っていることを厭われたのだと思った。

 本当に、忘れないといけないと思った。

 マッチングアプリを再開した。とりあえず初詣に一緒に行ってくれる人を探そうと思った。

 適当にいいねした。やり取りがつづいた人から、初詣に誘えそうな人を誘ってみた。美大生で、カメラを勉強しているとのことだった。たとえ恋愛対象になれなくても、自分と別世界の人の話を聞けたら楽しいだろう。そう思った。

 だが結果として、楽しいものではなかった。つまらなかった。こんな感情になるなんて、と自分でも驚いた。この感情の原因は、まだ分析しきれてはいない。

 いい人だとは思った。やり取りの返信スピードも早かったし、最寄り駅まで迎えに行くと言ってくれたりもした(さすがに最寄りを知られたくないので断ったが)。初詣のあと昼ごはんを食べようということになって、店を事前に調べてくれたりもした。

 にこやかに話す人だった。強いて言うなら、ずっと敬語だったから、打ち解けづらくはあった。しかし、出会ってすぐに、なんとなくつまらない気持ちになってしまった。私の発する言葉に対するレスポンスが、ありきたりで、つまらないと感じてしまったのだと思う。四人目での成功体験があっただけに、初対面でもうまく話せるだろうと思っていたのだが、相性というものがあるのだと知った。

 二回目に行きたいところを考えていると言われた。考えるのが早いな、と思った。水族館とかどうだろうと言われた。行く気はまったくなかったので、返答に窮し、また日程調整しようとごまかした。二回目どころか、今日ですら早く帰りたいと感じてしまっていた。

 別れ際、「またね」と言われた。「バイバイ」と言った。

 会ったその日にLINEがきた。ありがとう!ときて、こちらこそと返した。また二回目どうかな、水族館とか映画館とか、と言われたが、もう会う気はなかった。期待させるのもよくない。彼にとって、マッチングアプリで初めて会うのが私だったらしいが、私以外のいろんな人に会うことが、彼のためにもなるだろうと思った。

 申し訳ないが、未読スルーしたまま、LINEのトークルームは削除させていただくことにした。

今の気持ち

 結局私は、いつまで経っても元彼のことが忘れられない。
 美しい景色を見て、一緒に見たいと思うのは、元彼の姿。
 お洒落なレストランで美味しいものを食べて、元彼とならコンビニのおにぎりでも幸せだったのにと思う。
 元彼とつないだ手の感触が忘れられず、誰かによってそれを上書きされることがゆるせない。

 マッチングアプリは人生経験として、素晴らしかったと思う。
 だが少なくとも、これで恋人をつくりたいとは思えなかった。
 好きでもない人と一緒になるくらいなら、一人でも独身の方がいいという覚悟が決まった。

 以上、マッチングアプリ備忘録である。 

 



 

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