卒業後20年慶應SFCを振り返る - Google/グローバルテック企業の視点から
慶應SFCを卒業してはや20年以上経った現在、改めて慶應SFCとはなんだったのかを、Googleをはじめとするグローバルテック企業でキャリアを歩んできた視点で振り返ってみたいと思う
きっかけ
知人から、息子さんが慶應義塾高等学校、所謂「塾高」に通う高校3年で、進路に悩んでいるので相談に乗って欲しいというご相談を頂いた。同じ塾高出身のSFC卒業生といっても、もはや20年以上も昔の話で、意味があるのかという疑問と共に、逆に20年経ったいまだからこそ「慶應SFCとは何であったのか」を振り返ることは自分にとっても面白い機会にあるのではないかと思い、またNoteに書くことで整理をしてみたいと考えた次第。
Growth Mindset
当時のSFCといえば、学生たちがラップトップPCを持ち、キャンパス内には無線LANが飛び、必須科目としてすべての学生がプログラミングを行う、テクノロジーに長けたキャンパスというのが、私も当初抱いていた、また外部から見た際のSFCのイメージではないかと思う。
私が学生として入学した1999年は、Yahoo BBという懐かしのADSLサービスが流行った、家庭では電話回線を用いてインターネットに時代。この時代にこうした環境を作り上げた慶應SFCはやはり先駆的な大学であったことは間違いなく、当時のSFC幹部は素晴らしい将来的なビジョンを持っていたと思う。
一方で、慶應SFCはやりたかったことは、こうしたテクノロジーに長けた学生たちを育成することだろうかというと、これは、明確に「NO」ということができると思う。
では、SFCがやりたかったことはなんだろうかというのを、卒業後20年以上経ち、奇しくもGoogleやUberといったGlobal Tech企業でキャリアを築くことになった卒業生の立場で振り返ってみたい。
慶應SFCが育もうとした、またSFC自身が体現したきたことをひとつあげると「Growth Mindset」だと思う。Growth Mindsetを堅く定義すると「能力や人間的資質を変えることができると信じる」こと、となるようだが、もう少し具体的には、「常に学び続けたいと思う」「新しいことにチャレンジしたい」「失敗・批判から真摯に学ぶ」「努力は何かを得るために欠かせない」「他人の成功から学びや気付きを得る」、こうしたマインドセットを自らが体現し、また学生たちの中に育むのが慶應SFCの最大の特徴ではないかと思う。
私が慶應SFCに入学した際に、当時どなたか学部長のことばで、「SFCは壮大な実験である」という話を聞いたのを憶えている。当時はよくわからずもなにかワクワクしたものであるが、いまから振り返るとたいへん深い意味のもったことばであり、SFC自身がGrowth Mindsetを持ち新たな大学のあり方にチャレンジし、日本の大学の世界に一石を投じ、また学生たちはこの環境下で同様にGrowth Mindsetを育む、こうしたことがこの一言に現れているのではないかと思う。
AO入試の導入に始まり、全編英語で行われる授業、必須科目の少なさ、1年生から入れる研究会(ゼミ)、シラバスの導入、ラップトップの導入、インターネットでの授業配信等、SFCが先駆的に行ったことは数知れず、この取り組みこそがSFCに流れるカルチャーとなり、学生たちへ大きな影響を与えることで、SFCらしいSFC生を育成してきたのではないかと思う。
SFCで勉強できることは他でも勉強できる
慶應SFCをこの度振り返る中で、改めてSFCとはなにであったのかを調べてみた。しかし、大学のWebサイトや第三者の説明YouTubeをみても、とにかく他の学部との違いがわからない。
なぜわからないのか、わかりにくいのかの私の中での解釈はシンプルで「SFCで勉強できる学問のほとんどは他でも勉強できる」ということ。経済学が勉強したければ経済学部には著名な教授がいて勉強することができ、また国際政治を勉強したければ法学部政治学科で勉強でき、プログラミングが学びたければ矢上キャンパスへ行けば理工学部で勉強できる。
では、なにがSFCは他のキャンパスとはことなるのかというと、SFCの「カルチャー」であり、また各学問への「アプローチの違い」なのではないかと考えている。
問題発見・解決型の教育
SFCの設立趣旨を調べてみると、大学のWebでも長々と文面が続いて入るが、ひとつ重要なポイントは、「問題発見・解決型の教育」を実践する場であるということ。これがアプローチの違いで、同じマクロ経済学であっても、これを学生がどのように学んでいくのか。この教育手法やマクロ経済学というものへの学ぶアプローチの違いがSFCがの特徴なのかと思う。
具体的に思い出されるのは、ゼミの教授が言っていた「勉強と研究は異なるんです。勉強とは既にわかっていることを知ることで、研究とはまだわかっていないことを知ること。みんなには研究をして欲しい」という言葉。SFCで「ゼミ」のことを「研究会」と呼ぶのはこの表れでかつ1年生からゼミに入ることができるものこの意図に沿ったものではないかと思う。
大学の大きな部屋で教授がする話をメモをとって理解していく、これが日本の伝統的な大学における学生の姿であった。しかしながら、SFCで求められるのは、各学生の持つ問題意識や社会課題に対して、どのような構造的な課題が存在し、解決していくためにはどのような手段が必要なのか、このために調べ、学び、また議論を積み重ねていくこと。これが、私がみてきたSFCの学生たちの姿であり、また他キャンパスや大学との違いなのではないかと思う。
Identity Crisis ‐ 「なにやってる人?」
また、SFCで良く耳にする会話で、「なにやってる人?」というフレーズがある。SFCで学べることは幅広く、三田・日吉キャンパスや矢上キャンパスで学べることが、あの小さなキャンパスで一通り学ぶことができる。また、必須科目が非常に少なく、ほとんどの科目が自分で自由に選択することができる。そのため、建築やっている人もいればマクロ経済学をやっている人もいる、環境問題を研究する人もいるのがSFCという小さなキャンパスの実際なのだ。逆に言うと、やりたいことがない人は「Identity Crisis」に陥りがちなのもSFCの特徴のひとつである。これがSFCのAO入試の採用の意図と影響であり、AO入試を経た学生は既にやりたいこと持ち込んで入学をしており、これが「大学で何をやろう」という意識を強めていく。私のような内部進学生はさておき、たいへんな受験勉強を乗り切ってようやく開放された受験生たちには、少し酷が気がするものの、この「なにをやりたい」かがSFC生であるための第一歩であり、後に「能動的なキャリア構築」にもつながっていく思想のひとつではないか。
先生、それっておかしくないですか?
私は1999年に大学を入学した、SFCでいうと「10期生」にあたる。私が就職活動をした頃は、既にSFC1期生が社会人5年を過ぎたあたり。社会的にも大きな話題になった慶應SFCの設立。1期生として新たに設立されたSFCに飛び込んだ学生たちは、Growth Mindset溢れるさぞ”SFCらしい学生”であったのだと思う。企業たちは期待も込めてSFC生を採用し、SFC生たちは期待に応えるよう、会社の中で感じた課題を解決するために上司や先輩たちと活発に議論し、課題解決に向けた提案をしていったのだと思う。結果、10期生の私が就職活動で聞いた会社からの”SFC評”は、「生意気」「扱いづらい」「すぐ辞める」といったものであった。教授に対して「先生、それっておかしくないですか?」ということが許される、むしろ歓迎されるSFCという環境で育った若者が、社会に出て「部長、それっておかしくないですか?」というのが、なかなか痺れるものだというのが20年経ったいまではよく分かるw
先駆的に立ち上がった慶應SFCに対して、日本の社会、日本企業がついて来ることができず、ビックリしてしまったのは、当然のことかと思う。
結果として、多くのSFCの学生は外資系企業やスタートアップ企業に就職(または起業)していく流れが私の就職する時代には生まれつつあった。最近の日本企業の耐性、または改革によって、いまはどの程度の学生が日本企業へ就職しているのかはわからないが…
GoogleとSFC
実際に、私がGoogleへ入社した際には、Googleの日本法人には多くのSFC出身者が働いていることに少し驚いた。新卒の採用も一部はいるが、Googleの社員はほとんどが中途採用である。すなわち、新卒で入社した企業を含め何年も他の企業で働いてきた後、Googleという会社に吸い寄せられてきたというのは、SFCで歩んだ4年間がいかにその後のキャリアに影響を与えているかを伺い知ることができる。
では、なぜGoogleなのか。また、なぜSFCなのか。
Googleをはじめとするテクノロジー企業とSFCには多くの人材に対する考え方に共通点があると感じている。
これまで挙げてきた「Growth Mindset」は、テクノロジー企業で求められるベースとなるマインドセットであり、またキャリア構築も自主性を重んじたキャリア構築を求められる。例えば、キャリア構築において、GoogleやUberでは、上司や人事部主導による人事異動は行われない。一方で、新しい部署へ行きたいときは、外部の人材と同様に採用プロセスを経て採用されれば移動が叶う。市場のメカニズムを社内に持ち込んでおり、どのようなキャリアを構築していくかは当事者次第なのである。代わりに、マネージャーは、Career Development Conversationという形で、メンバーの実現したいキャリアパスに向けて、マネージャーがサポートするという形を採る。キャリア(やりたいこと・なりたい姿)は人によって異なるので、各自がデザインするという思想が根底にある。これは、SFCが入学後なにをしたいの?という形で自主性をもって需要を選択して行くこととよく似ている。
また、Googleのカルチャー作りの基本は、「Psychological Safety」と呼ばれるものにある。最近、日本でも浸透してきた「心理的安全性」である。この思想の背景は、心理的安全性が担保されたチーム環境で、メンバーが自分の意見を主張し、新しいことにチャレンジし、失敗を恐れない、これがビジネスの勝ち筋であり、イノベーションをつくり、ビジネスと個人の成長をつくっていく。「部長、それっておかしくないですか?」という若手社員の発言はむしろ歓迎される文化が根付いているのである。
未来からの留学生
慶應SFCをか語るとき、「未来からの留学生」という言葉が現在も当時も使われることがある。未来をつくる若者たちへの期待を込めた言葉で、理解の仕方は人それぞれかと思う。
慶應SFCの設立は1990年4月、Googleが設立されたのは1998年、私が入学したのが1999年。慶應SFC卒業後20年以上経った2024年の現在、こうしてSFCが目指した教育方針、SFCで学んだGrowth Mindsetに代表されるカルチャーが、Googleをはじめとしたグローバルテック企業の中で活かされ、求められ、育まれているは、慶應SFCのひとつの成果であり、改めて慶應SFCで学んだことは何であったのかを振り返ることができたのはたいへん良かったと思う。