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小寺の論壇:日本の起源にも通じる? 贈り物の交換による地位の変化

知財、IT産業、ネット、放送、買ったもの、ライフハックなど、コデラの気になるところを語ります。


9月5日、東京大学が興味深い研究成果を発表した。文化人類学で議論されてきた、「贈与による覇権争い」の問題を、数理モデルに置き換えることで実際に社会構造が変化することをシミュレーションで明らかにしたという。

・【研究成果】贈り物の交換による地位の競争と社会構造の変化――文化人類学への統計物理学的アプローチ――
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20240905140000.html

文化人類学的なアプローチとしては、これまで世界中の多くの社会において、儀式的な場で贈り物をすることで、贈与者が名声を獲得する。その一方では、受贈者に返礼の義務が発生する。適切な返礼が可能な場合は関係は対等になるし、返礼が足りない、あるいは返礼ができない場合は従属することになる。

今回の研究では、具体的に何倍の返礼が適切と言えるのかの利率(r)と、生涯に何回贈与の相互作用を行なうかの頻度(l)のパラメータを重視し、その積(r×l)によって社会がとる状態が決まるという結果が導き出されている。

返礼の利率と贈与の頻度が増大するにつれ、まずは経済的な格差が生まれる。そしてそれが社会的格差へ繋がっていくという。この(r×l)が極まった状態になると、「王」が出現すると共に、民衆の社会的格差が縮小するという。

今回の研究は、こうした社会構造の変化が段階的に加速するものであることを科学的に証明した点で、今後の文化人類学にも大きな助けになるだろう。

■侵略以外の支配

さてこれを踏まえて、改めて贈与における社会的支配について考えてみたい。

贈与文化の発生は、貨幣経済よりも先に発生する。貨幣とは異なる地域において同等の価値があるという前提がなければ通用しないが、物品は誰にとっても価値がある(ただし相手先によって希少性は異なる)からである。

贈与と返礼によって隣接する集団との関係性を変えるという手法は、侵略行為によって強制的に併合するという手段を使うことなく、経済力での支配を行なうという点で、ある意味平和的であるとも言える。お互い大量の死者を出して領土を拡張しても、人が減れば生産力が減少し、経済的損失も大きいわけだ。相手の生産力を活かしたままで、利益を得るという方法を編み出した、古代人類の知恵に驚かされる。

実はこうした経済的支配を描いたマンガがある。モーニングKCでブロック連載中の、山田芳裕作「望郷太郎」という作品だ。コールドスリープで500年後に目覚めた主人公は、大寒波襲来によって世界が初期化された世界に、現代の知恵を使って生き残ろうとする物語だ。

世界が一度リセットされた後、もう一度原始社会からスタートした生き残りの人類が行なっているのが、まさしく贈与による経済的支配の世界である。Comic Daysほかで26話程度無料で読めるので、概要は掴めるはずである。

・望郷太郎
https://comic-days.com/episode/10834108156683852712

一方で古代の日本に目を向けてみると、3世紀前後に邪馬台国が存在したとされている。この国の成立については詳しくはわかっていないが、卑弥呼と呼ばれる呪術者によって支配されていたとも言われている。いわゆるシャーマニズム社会があったと考えられるわけだが、こうした宗教的支配の元には、必ず儀式が存在する。

贈与文化にとって、儀式は必須のトリガーだ。祝い事や凶事といった際に、周辺地域からの贈与が発生するからである。つまりここで注意しておかなければならないのは、ここでいう贈与とは、一般的な貿易ではないということだ。

貿易であれば等価交換なので、互いの地位は対等である。価値が合わないと考えれば、断ることができるからだ。一方贈与は、断るという行為は一般的に行なわれない。贈り物を受け取らなければ、それは即敵対行動と捉えられるからである。

儀式・儀礼数が多ければ、それだけ贈与頻度も上がる。つまり計算式で言うところの(l)が増加するわけだ。古代社会において、儀式数が多いシャーマニズム文化は、贈与と返礼による支配には有利だっただろうと推測する。

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