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【映画感想】『夜明けまでバス停で』誰もが孤立し得る現代社会

これは、今の日本に必要な劇薬だ。
久しぶりに社会派映画を観たが、そう思わせるくらいの強烈な映画だった。
この作品はフィクションであって、しかしきっと、フィクションではない。
スクリーンに映し出される、孤立した人々は、今も確かにこの日本に存在するし、仮に今自分がそうでなくても、明日にはそうなってるかもしれないのだ。

本作は実際に起こった『渋谷ホームレス殺害事件』をモチーフにしながらも、オリジナル性、メッセージ性が非常に高い作品となっている。
ちなみにぼくは恥ずかしながら、この事件を知らなかった。あるいは事件発生当時にニュースで見ていたかもしれないが、記憶からは抜け落ちていた。事件を調べるにつれ、その悲惨さと、現代日本を濃縮したような理不尽性に胸が苦しくなった。被害者の女性のご冥福を祈りたい。

本作は、他人に助けを求めることができない、他人に「助けて」を言えない三知子が、もがき苦しみながらも、なんとか生き抜こうとする姿を描く。三知子はホームレスに転落してしまうが、決して人生に絶望し、世捨て人に憧れてホームレスになったわけではなく、”正しく”生きた結果、そうなってしまったのが切ない。 
作中で、菅元首相が「自助、共助、公助」の方針を説明する映像が流されるが、痛烈な皮肉だろう。本作を観た後では、この方針の意義を疑わざるを得ない。誤解を恐れずに言えば、この方針のせいで命を落とした人がいるのではないかとすら考える。
三知子のように自尊心、責任感の高い人々は、言われるまでもなく、限界まで、いや限界以上に「自助」を貫いてしまう。他者から見れば、明らかに本人の手に負える範囲を超えているにも関わらず、それでも助けを求められない、そんな人は確かにいるのだ。
政治に、国に、必要なことは、三知子のような「助けてを言えない人」に「助けてを言わせる」ことではないのだろうか。なんでも自己責任で片付けられてしまう現代日本では、結局「助けてと言えない本人が悪い」と片付けられてしまいそうなのがもどかしい。社会が複雑になるにつれ、人間の根源的な部分は、反対に鋭利にシンプルになりすぎているような気がする。そしてその先にあるのは、どう考えても、誰もが生きにくい社会だろう。
※ちょっと調べたところ、自助共助公助は上記のような意味を指さないということもあるらしいが、発言の意図が浸透していなければ同じだと思うので、そのまま書かせてもらった。

作中で、ホームレスの一人であるバクダンが「社会の底が抜けた」と言った。色々な解釈があると思うが、社会の底が抜けるということは、人間として生まれたのに、人間として生きられない社会になったと、ぼくは解釈する。言い換えれば、基本的人権が保障されない社会だろう。
本作では、バクダンを通じての安部元首相批判や、東京オリンピックへの風刺など、間接的・直接的な政権批判が散見されるが、それに関してのコメントは控える。観た人がどう感じ、どう考えるかだと思う。

もう一つ印象に残った台詞として、同じくホームレスであるセンセイが、両の手を合わせて祈る「明日、目が覚めませんように」がある。かつて、教師として教鞭を取りながら、子供たちに希望を説いていたであろうセンセイは、果たしてどんな気持ちで毎晩祈りを捧げるのだろう。想像するだけで、胸がはり裂けそうになる。

物語終盤で、映像は三知子の一人称視点を映し出す。居酒屋のメニューや食品サンプルなどに、焦がれるような視線が注がれる。また、身体に力が入らないせいか、画面はゆらゆらと揺れておぼつかない。遂には、残飯を漁ってしまうが、店の主人に怒鳴られ思わず逃走、その果てに転倒し、起き上がれなくなってしまう。
何とも目を覆いたくなるようなグロテスクなシーンである。だが、やはり、このシーンから目を背けてはいけないと思うのだ。
「人に助けてと言うこと」と「残飯を漁ること」。冷静に判断すれば、どちらが正しいのかは明白だ。だがしかし、彼女のように、それでも助けと言えない人は確かにいるのだと思う。繰り返しになってしまうが、そんな人にこそ手を差し伸べねばならないのではないだろうか。

物語最終盤、三知子とバクダンが爆弾を自製し、都庁と思われるビルに仕掛けに行くシーン。このオチには意表を突かされた。冷静に考えれば、あそこで爆発してしまうと、物語としても収集が付かなくなってしまうのだろうが、それくらい映画にのめり込んでいたし、心のどこかで爆発して溜飲を下げたかったぼくがいた。しかし、これは作品からの警告に間違いない。即ち、創作物、フィクションではなく、現実の世界で、一歩間違えれば、導火線に火は点いてしまう。今の日本は、そんな薄氷を踏むような極限状態だという、作品からのメッセージではないのか。
そして、エンドロールにふいに挟まれる国会議事堂の爆発。これは監督からのサービスだろうか。不謹慎だろうし、憲法的、法律的、道徳的に誤っているのは間違いないが、どうしても痛快に思ってしまう。それくらい、三知子には感情移入してしまったし、明日の自分すら重なる。是非、このシーンを観てどう思ったか、視聴者に訊いてみたい。

賛否両論あると思うが、物語は個人的にはハッピーエンドと言いたい。そこにたどり着けたのはほかでもない、もう一人の主人公ともいえる店長こと千春の孤独な闘いがあったからだ。千春はこのような理不尽な世の中でも、いや理不尽な世の中だからこそ、諦めないこと、前を向き続けることの大切さを伝えてくれる。それは決して、綺麗ごとではなく、白々しくない。だからこそ、視聴者の心に、凛と響く。

個人的に衝撃的な内容だっただけに、やや攻撃的な内容になってしまったかもしれないが、今回はご容赦願いたいと思う。
ただ、たくさんの人に観て欲しい映画だというのは正直な気持ちである。  

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