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【映画感想】『ザ・ホエール』

※ネタバレ注意※

何とも異色の映画だった。
主人公のチャーリーは272kgの巨体であり、特殊な歩行器を使用しなければ、自分で立ち上がることも敵わない。本作は最初から最後まで、アパートの一室である彼の部屋のみで完結している。一見すると映画の”ガワ”は突飛で、その特異さが目立つ。
しかし、その本質はチャーリーと彼を取り巻く人々の心情に焦点が当てられた極めてパーソナルな内容だと思った。

まず、生活に支障をきたすレベルの巨体であるチャーリーの不便さが、ほとんどの人々には理解しにくいと思う。それをカメラワークの巧みさで見事にカバーしており、自分自身がチャーリーになったような気さえしてくる。自分の家ですら自由に歩き回ることができないもどかしさを主観的に理解できるような映像だった。
また、チャーリーの特殊メイクは素晴らしいの一言。個人的には全く違和感を覚えなかった。(着用するためになんと4時間も要するとか!)

チャーリーがそんな自らの不便さどころか、命の危機にすら晒されるような姿に、何故なってしまったのか。愛する恋人アランとの死別という形で明かされる。しかも深き闇に落ち、もがき苦しんでいるアランを救うことができなかったという後悔もあるだろう。
そんなチャーリーの苦しみは理解できる……が、感情移入――――同情と言い換えてもしれない――――し切れないところがあるのも確かである。

チャーリーはそもそも妻子ある身でありながら、アランとの恋に溺れるあまり二人を捨てて出ていった過去がある、養育費は払い続けていたとみられ、娘であるエリーのために少なくない額の貯金はしていたが、やはり、自分勝手だと思わざるを得ない。エリーは手が付けられない問題児に育ってしまったが、こんな過去を背負わされれば、誰でも人生に絶望してしまうと思う。元妻であるメアリーも夫に捨てられるという深い傷隠しながら、エリーを育ててきたのだと思うと、その苦労は筆舌に尽くしがたいだろう。

そして、チャーリーを心身的に支えるリズはアランの妹であり、リズにとってのチャーリーは、いわば共通の愛するものを亡くした同志である。リズにとってのチャーリーは、アランを失った哀しみを共有できる唯一の存在なのかもしれないが、それにしてもその健気な献身には泣かされる。チャーリーはというと、そんなリズに一方的に甘えているように見えてしまう。
ひたすらそう思いながら観ていたが、物語後半で決定的な出来事が起きる。リズはチャーリーが金欠であると思い込んでいたが、実は娘エリーのために貯金していたことを知るのだ。リズは車椅子の件であったり、経済的にもチャーリーを支えていたことが示唆されているから、騙されたと感じるだろう。意図的ではないにせよ、チャーリーはリズをも傷つけてしまうのだ。

そんな中で個人的に溜飲が下がったのが、チャーリーがピザの配達屋に自らの姿を見られたうえ、絶句されてしまうシーンだ。
娘のエリーやオンライン講義の受講者には、素直になれ、正直になれと嘯いておきながら、配達員のこの上なく客観的かつ素直なリアクションに、チャーリーはひどく傷つく。そして狂乱状態となり、暴食を抑えられなくなってしまう。これでもかというほど醜く貪り続け、嘔吐をしても尚やめられない。
思わず目を背けてしまうような凄惨なシーンだが、チャーリーの歪んだ内面を抉り出している演出だと思った。

不幸は続く。翌日、宣教師トーマスより、愛する恋人アランの死の真相を明かされ、絶望の淵に立たされる。
極めて個人的な意見を述べさせてもらえれば、ここでラストでもいいかもと思ってしまった。当然救いのなさすぎるラストであるが、チャーリーがしてきたことの贖罪を考えた場合、それもまた彼が辿るべきエンディングなのではないか。

とはいったものの、ラストのシーンもまた、文句なく美しい。
物語序盤から繰り返し登場していた白鯨にまつわるエッセイは、実はエリーの作品であったことが判明する。チャーリーは全身全霊でエリーに、エリー自身の素晴らしさを伝え、自らの足で、これからの人生を歩ませようと咆哮する。一度目にエリーに挑発されたときは、立ち上がることすらできず崩れ落ちていたが、死の淵に立って尚、生は輝きを放ち、エリーの元へと向かっていく。
鮮やかな伏線回収、そしてチャーリーへの救いだ。美しいエンディングである。
が、しかし個人的にはあまりに美しすぎるとも感じてしまうのである。

本作のタイトル「THE WHALE」から、チャーリーの姿を白鯨のクジラに見立てていることは間違いなさそうだが、その真意までは理解し切れていない。
やはり、メルヴィル著の白鯨を読んだ方が良いのだろうと思うが、調べてみると非常に長編かつ読破が難しいらしい、、。
ぼくは一度読み始めた本を途中で止めたことはないので、読み始めさえすれば読み切れると思うが、どうしたものやら。


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