この夏、世界中の人と話したいから英語を学び始めることにした
15年ぶりに、再び英語を学び始めることにした
発売日に購入した、週末北欧部chikaさんの『北欧をこじらせた私のサバイバル英会話』。
「外国で働くことに意欲がある。」でも「英語の勉強に対する苦手意識がある。」
本当に、共感の嵐でした。
高校の時の参考書…ぼろぼろになるまでやったなぁ。
あの夏、わたしは頑張っていた。
きっとそのあたりから、わたしはいつの間にか英語に対して「劣等感」を蓄積していっていた。
誰かと比べながら勉強する英語は、本当に息苦しかった…。
それから社会人になって、
英語が話せる人や、TOEICですごい点数持っている人に対して、尊敬とも卑屈とも似た感情でした。
「どうせ、わたしには・・・」
できないって誰が決めたのか、そうわたしが決めたんでした。
わたしも世界中の人たちと話したいから!
この夏、英語を始めることにしました。
英語歴のスタートは幼稚園生から
ごく一般的なサラリーマン家庭だったけど、
Eテレの「英語であそぼ」や「えいごリアン」(懐かしい!)
が大好きだったわたしは、両親に頼んで英語教室に通わせてもらっていた。
幼稚園生って(特に女の子)はもうこの時すでに心は割と成熟していて、
友達とは、「あたし英語ペラペラになってCAさんになるのー」なんて話していた。
米軍の多い県に住んでいたということもあり、
転職して外資系企業に勤めていた父は、在日米軍のアメリカ人の英語の先生のところに英語を習いに行きはじめていた。
小学生のわたしはそれにくっついて行って、「日本の中のアメリカ」の空気を感じては、憧れと希望で胸がいっぱいだった。
それからも、出始めのインターネット(!)でペンパルを作ったり、
卒業文集には外交官になりたいとか、
通訳者になりたいとか、そんな類のことを書き続けていた。
あの時がきっと英語が一番好きだった。
受験って諸刃の刃
久々に英語を勉強するにあたって、
昨日、参考書売り場へ足を運んだ。
もう、懐かしさの宝庫。
マドンナ古文がまだまだ現役で(失礼)、なんなら当時より売り場を広げていた。そういえばゴルゴ古文はみかけなかったなぁ。
ネクストステージやターゲットなんてのも表紙そのままにそこにいた。
そんなわけで、15年ぶりくらいに英語の参考書を買ってみた。
でも、受験生の時にあれだけ必死にやっていたから、
単語はかなり覚えていて、一冊やりきるのもそこまで苦労しなくて良さそう。
ありがとう、あの時のわたし。
ただ、問題は文法。これは地道にやろう。
でも、だれかと比べて勉強しなくていいと思うだけで、心は晴れやかで、
とっても穏やか。
あの時の息苦しい教室の雰囲気や、ライバルたちはどこにもないんだ。
受験の時の「感情」が英語に対してのトラウマになっていたのかもしれない。
必死に勉強したおかげで記憶には定着しているけど、感情で遠ざけてきた英語。
この夏、わたしは英語と仲良くなれるのかな。
方法を自分なりに見つけて行って、またnoteしたいと思います。