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イノベーションのジレンマに翻弄される人間を現在進行系で描く 『2050年のメディア』

文藝春秋出身で現在慶應SFCで特別招聘教授を務める下山進氏が、読売新聞、日経新聞、ヤフー3社の2000年代のメディア三国志を書いた本。

もともと自分が新聞記者志望→ネットメディアビジネスサイド、という感情移入度高のキャリアであることを差し引いてもホント面白かった。
好みのあった小説と同じように、自然と隙間時間も惜しんで一気に読了。

この本の主役はメディアの記者ではなく、それを支えるビジネスサイドの人たち。メディアに関わる人もそうですが、今の日本に共通のテーマを内包しているので、ビジネスに関わる人全般におすすめです。

「イノベーションのジレンマ」の残酷性

紙からネットへ、無料から課金へ、といったビジネスモデルのシフトに伴う、成功体験を持っているからこそ、変革に突っ込んでいけないという、大企業の「イノベーションのジレンマ」が本書の大きなテーマ。そして経営学でよく聞くその言葉の裏には、実際には何人もの人間が苦しみ、悩んでいることを丹念な取材で描きます。

紙での販売体制の強さから、WEBでの有料版にシフトできない読売新聞。その読売の中でも、ヤフーからもらう掲載料と、自社のメディアへの流入に紐づく広告収入を捨てきれないデジタル部署。
そしてビジネス、人間の情すべてを理解した上で、判断を行わなければならないグループ社長の山口寿一氏。

かたやネット革命以前から、自社の事業ドメインは「ユニークな経済情報を届けること」であると定義し、「紙も発行している会社」になっていこうとする日本経済新聞。けれど裏側では、紙の時代の制作担当が日経の警備員になっていたり、販売店の人が、日経社内で焼身自殺をしたり。

ヤフー内では、メディアやジャーナリズムを大切にしていた人たちがさらに大きなものの戦いのため、だんだんと資本主義に飲まれ消えていく。そして最後には、Zホールディングスと名を変え、川邊健太郎氏がメディア企業からデータ企業へと脱皮させようとする。

2019年11月刊行ということで、出てくる人たちがほぼ現役で、ヤフーによるZOZOやLINE買収の直前まで(=ヤフーがメディア企業ではなくなるまで)をカバーした、いわばメディアビジネスの現代史です。
日経の「ネット興亡記」好きな人も気にいるのではないでしょうか。

あえてGAFAには触れなかった?

筆者は複雑性が増すため、朝日新聞や他のメディアにはあまりフォーカスしなかった、と作中で触れていますが、おそらくそれ以上にGAFAについてはあえて大きく触れていなかったのではないかと感じました。

ここ数年のネットメディア史の裏面として、この本でもテーマの一つであるネットの無料モデル=PVに紐づく広告モデルが、GAFAによる寡占(Google、facebook、そして今後はAmazon)、そして破壊(Apple)により、すでに立ち行くのが難しくなっている現状があります。

ネット広告はTVに迫るほど伸びてはいますが、ほとんどがGoogleとfacebookという巨大プラットフォーマーによるもので、一般の日本のネットメディアは厳しい勝負がずっと続いています。

巨大プラットフォームは、ネットメディアの広告配信を司る広告プラットフォームにもなっており、そこからさらにいろんな中間業社に中抜きされ、クライアントが払った広告費の半分以下しか、メディアには落ちない

紙からネットへのシフトという以前に、ネットメディア自体も無料広告モデルの「イノベーションのジレンマ」に抗っている最中で、ヤフー自身も、他のメディアとの戦いもありますが、長期的には広告モデル自体がGAFAとの戦いの中で、もう伸びなくなったからこそ、脱皮をしようとしているのではないでしょうか。

僕の前職も無料広告モデルのネットメディアでしたが、Googleの検索ロジックの変更により毎度PVが大きく上下し、売上が変動していましたし、じゃあ真の顧客である読者を見なきゃ、ということで、よくメディアを利用してくれているロイヤルユーザーにヒアリングに行ったところ、「無料だからありがたい」「図書館に行く回数が減った」との声。これはこれでありがたいことなのですが、競合は無料で本が読める図書館だったのか、と気づいて、複雑な気分になったのを思い出します。

メディア=ビジネスではない

ただ救いもあって、日経や出版社(特に漫画)の努力もあって、一般の人たちも、クオリティが高いWEB上のコンテンツにはお金を払う、というのが、習慣化していっているのではないかと思います。

それに加えて今後は芸能人やアーティストなど、自分自身がコンテンツの人たちが、さらにWEB上でのサービスにお金を払うのを一般化してくれるはず
ネットだけでなく、オフラインでのイベントを組み合わせたり、まだまだ出来ることはあるのではないでしょうか。

あるサービスを顧客に届けて対価をもらうのがビジネスとするならば、紙・ネットというのは伝達手段であって、ビジネスそのものではありません。

また実はメディアというビジネスもおそらくなくて、メディアを使ってどんなサービスを提供したいのか、改めてメディア企業は考える岐路に立っているのかもしれません。

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