キャベツ畑の中の悪意 後編
ドッ ドッ
ドック ドック ドック
「あの、さ、お祭りで、泣いてた?」
やっぱりバレていた。
どうして?
ほかっておいて。
気付かないでいてよ。
じゃないと……、ナルとこうして話せなくなってしまう。余所者だと知られたら、きっと、もう話してはくれないよね。
泣いてはいけない。
決して涙を見せてはいけない。
頑張れ、頑張れ、わたし。
「ううん。泣いてないよ」
そう言って石を蹴った。赤で、女の子の絵がプリントされた靴だ。女の子の絵を目に焼き付けていく。
きっと、大丈夫。乗り切れる。笑え!笑うんだ。
上手く笑えたかな??
ナルは困った顔をした。
泣きそうになったかと思ったら、
「ヒョーーーー」
飛行機の真似をして、手を広げてくねくね歩く。
「ブイーーーーン」
「ブイーーーーーーぃん」
何度も、何度も。
笑わせようとしてくれた。
ありがとう、ありがと。ナル。
私、頑張って笑ったんだよ。
2人で笑ったんだよね。
⌘⌘⌘
ガチャ、ガチャ
「どうしよ、ママがいない。鍵が開かない」
「えっ?今日早帰りだからさ、夕方まで3時間はあるぞ」
だめ、だめ、だめだよ、大丈夫って言わなくちゃ、わたしは可哀想な子じゃないもの。
「大丈夫。学校から本借りて来てるし宿題して待ってる」
学級文庫が入れ替わったばかりで良かった。大好きなズッコケシリーズ。1時間はもつかな、あと宿題で40分、トイレは傍の公園に行こう。大丈夫、待っていられる。
宿題もした、
ズッコケは2回も読んだ。
トイレも行った。
暗くなってきたよ。
早く灯りがつかないかな。
何で夜の団地って怖いんだろう。
ママ、早く帰って来て、お願い。
寒いな。
お尻を床につけて座るのはやめよう。
スカート、もっと長いのにしたら良かった。
暗いな、怖いな、寒いな、どうしよう。
「ママ、まだ帰ってこない?」
ナルのママだ。どうしよ、うちの前に座ってるのが迷惑なんかな。静かにしていたのに邪魔なんかな。
「もうすぐ帰ってくると思います。大丈夫です」
出来るだけ元気に、何でもないように答えなくては。大丈夫、平気な振りは得意でしょう。
ママ、早く帰ってきて。
どうしよう。早く。
あれから30分くらいたったかな。ナルのママに、まだいるのを気づかれませんように。顔を膝に埋めてきゅーっと丸くなった。小さく、小さくなりたくなった。
キーッ
目の前のドアが開いた。
「はい。冷えるでしょう、寒いでしょう、遠慮しなくていいから。」
赤のギンガムチェックのお盆に乗せられていたのは、甘いレモンティーと森永の四角いクッキー。
「あ、ありがとう、ありがとうございます」
「あったまって。風邪ひかんようにね」
そう言ってナルのママが、届けてくれた。
あったか〜〜〜い。手のひらに小さな薔薇の絵が描かれたカップをそっと包んだ。
甘いかおりがするよ、
大好きなレモンティーだ。
名糖のレモンティーだ。
ふ〜〜〜っ
すぅ〜〜〜っ
邪魔と言われなくて良かった。
まず、一口レモンティーを飲もう。
甘くて、ちょっとだけ、すっぱいんだよね。
粉だけ舐めちゃう時もある。ママには内緒。
森永の黄色の四角いクッキー。
はぁ〜〜〜、ありがとう。
美味しいよ、安心したよ、お腹すいてたよ、
喉カラカラだったよ、怖かったよ、
ナルのママ、ありがとう。
あっという間にレモンティーも、四角いクッキーも食べてしまった。美味しかったな。もう少し、ゆっくり食べたら良かったな。
どうしよう。カップを返さなくちゃ、ドアの前に置きっぱなしな訳にはいかないよね。
どうしよ、
どうしよ、
どうしよう。
ママ、早く帰ってきて。
外は真っ暗だ。
パァン!カシャ、カシャ
あっ!階段の電気がついた。
カップ……、どうしよ。
ナルの家のドアの前に立ってみる、後ろに下がる、
立ってみる、後ろに下がる。
勇気を出せ。
お礼は言わなくちゃ。
ふ〜〜〜〜っ。
トントン… トントン… … …。
鉄製のドアをそっと小さく叩く。
「はい」
「あ、あの、美味しかったです。ありがとうございました」
ナルのママがシーってした。
目だけ動かして、ま、わ、り
あっ、そうか。
私に優しくしたらホントはダメなんだね。
頭を深々下げた。気持ちを込めて下げた。
あ、り、が、と、う。
ナルのママは、酷く傷ついた顔をして、
「ママ、遅いね。いい子で待っていて偉いね」
「もう、帰って来るよね?」
小さな声で、やさしい声で言ってくれた。
「大丈夫です、待っています」
後ろに下がって、そっと扉の外に出た。ナルのママを困らせてはいけない。ほんとは、怖い。このままママが帰って来なかったらどうしよう。ナルの家のあたたかい空気が消えて、また元の冷んやりした空気になったら、もっと、もっと、怖くなってしまったんだよ。
どうして私はここにいるの?
何で、あたたかい空気は私にはないの?
ひとりぼっちだね。
ずーーーっとひとりぼっちだね。
ナルはあっち。
私はこっち。
おんなじ子どもなのにな。
カンカン カンカン
カンカン カンカン
ママ?
ママだ!!
帰って来た、良かった。
良かったよぅ。
急いで階段を駆け降りた。
「ママ!!!待っていたよ」
「ちょっと遅くなったね。ごめん」
「今日、早帰りだよ。ずっと待ってたよ」
「お知らせあった?」
「渡したよ。先週学校から持って来たよ」
「また、あなたが忘れたんでしょう」
忘れてないよ。忘れたのはママでしょう。怒りが爆発しそうになった。
どうして、
どうして、
どうして、私のママはこうなの??
家に入り手を洗って、台所のママのところへ行く。
「お腹すいたでしょう」
「ナルのママがクッキーと甘いレモンティーくれたんだよ。だから、まだ大丈夫」
「は?何で貰ったの?」
「何でって…、…、…、」
「何で貰ったのかと聞いてるの!!!!!」
「寒いでしょう……って」
「たっく、も〜〜〜っ、貰いっぱなしな訳にいかないじゃない」
バタバタと戸を開けて、何かを探すママ。
「あ〜〜っ、もうっ!!!」
「あなたのせいで、せっかく頂いたカルピスをお隣さんにあげなきゃならない、ママは頭を下げなきゃならない。なんて事をしてくれたんだ!!!」
ドタドタと玄関先へ向かっていった。
どうしよう、どうしよう、なぜ怒られなきゃいけないの。ママが早く帰って来たら良かったじゃない。私は待っていただけじゃない。指先が冷たくなってドアの奥から聞こえてくる話し声が聞こえないかと耳を澄ませた。
バタン
帰ってきた。
ドキドキドキドキドキドキ
また、叱られる。
「なぁんかね、お隣さん、カルピスいらないって。そもそもレモンティーもクッキーも頂き物だから、また頂いたらかえって申し訳ないからって。あ〜〜、良かった。カルピスあげなくて済んだよ」
ママは何を言ってるんだろう?
カルピスの方が私より大事なんだ。
私の怖かった気持ちなんか、どうでもいいんだね。
「そうか。カルピス家で飲めるね。良かった」
胸が痛くて、痛くて、痛くて、
もう何処かへ行っちゃいたくなるよ。
泣いてはいけないね。
私はわたしでいたらいけないんだね。
ママ、わたしを見て。
どうして気付かない振りなの??
わたしは、ここにいるよ。
ここにいるんだよ。
こちらが前編
こちらがオムニバス
残念だぁ!当選しなかったんですよぉ!
ホント、こーいうの当たらないの😂
抽選の様子をピリカさんが、お知らせしてくださいました。当選された方、おめでとうございます❣️
さわきゆりさんが書かれます後編、楽しみですっ❣️
で、自分で書いたのを出します〜〜!
もはや、「火サスどうでしょう」
ではないね 笑
では、では〜
最後まで読んでくださり嬉しいです✨✨
また、来てくださいね😆🤲