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仲がいいからご飯を食べにいくのであって、仲よくなるためにご飯に行くのはなんか違う
仲がいいからご飯を食べにいくのであって、仲よくなるためにご飯に行くのはなんか違うんだ。私の中では。
なぜなら、相手のことがよくわかるのは飲み会じゃないと思っているから。
では「どこで、その人がどういう人かわかるのか」というと、
それは、共通の目標を達成するために一緒に何かに取り組む過程でわかる。
例えばそれは習い事。
バレエの発表会に向けて練習する時。
例えばそれは部活動。
コンクールでの優勝を目指すとき。
例えばそれは学校のグループワーク。
共同での調査や議論を通じて発表をする時。
土壇場で発表(本番)に間に合わない時やピンチの時に、誰がどういう行動をとるのか。
自分から他者に働きかける人なのか、受け身で、人から言われたらやる人なのか、もしくは、言われてもやらない人のか。
責任感を持っている人なのか、人のせいにする人なのか。
議論に参加する人なのか、しない人のか。
話し合い(練習)に遅れてくる人のか、早くきて準備する人なのか。
どんなことをする人がいいとか悪いじゃない。
ただ、一緒に何かに取り組んだ時の行動にこそ、人の性質が出ると思うのだ。
「相手のことを知るために(仲良くなるために)、ご飯を食べにいく」というのがしっくりこないなと私が感じるのは、
「飲み会やご飯はコミュニケーションをとること自体を楽しむもので、すでに仲がいい人とするものだ」と思っているし、
もちろん飲み会やご飯でも、趣味だったり、好きなものが何かはわかるけれど、
目的ある何かに向かって、一緒に頑張っているときのほうが、ゆるくおしゃべりする会合なんかよりも、何倍もその人のことがわかると考えているからだ。
チームとして動いた時に各人がどういう役割を持ち、どう行動するのかは、実際にそうならないとわからないんだから、
仲良くなるため(相手を知るため)に飲み会するくらいなら、ちゃっちゃとグループワークでもすればいいのにと思う。
相手を知ることに関していうと、ただわちゃわちゃお話しするのは、効率悪いと私は感じているのだろう。
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