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だから取り返しはつかなくなるんだ。/Mouthwashing


※この記事はゲームストーリーのネタバレを含みます※

 「Mouthwashing」というゲームをクリアした。難破した宇宙船「タルパ号」にいる船員たちを「審判」の日まで追うというストーリーだ。包帯にぐるぐる巻きにされたキャラクターが簡素なベッドで寝転ぶキャプチャは恐ろしく、すぐに私とは一生縁のないゲームだと思った。
 実は私はホラーゲームをプレイするのがとても苦手なのだ。怖い話やホラー映画は好きだし得意だが、ゲームとなると話は別だ。観るのは大丈夫、やるのは無理。同じ理由でお化け屋敷もダメだ。お化け屋敷の怖さから同居人の腕を掴みすぎてその腕に傷を作ってしまったこともある。そのことがとてもショックで謝罪を繰り返したあの日から、私はもう二度とお化け屋敷に入らないことにした。
 それくらいホラーをプレイすることが苦手なのでこのMouthwashingもプレイしないで終わると思っていた。だが、何故か腕の傷が綺麗さっぱり治った同居人から「やってくれ」と頼まれ、Steamの決済を済ませられた。やる理由しか無くなってしまったのだ。私はクリスマスが終わって間もない時期に、腹を括ってMouthwashingをプレイしなければいけなくなった。


 このゲームは宇宙船のコックピットから始まる。とある天体にぶつかってしまうから左にハンドルを切れと指示されるが、操作するキャラクターは何故か右に切る。コンピュータの警告通りに船体は煙や火花が飛び散り始め、迷路のようになった内部を進んでいくとロバ?のキャラクターが現れる。フィギュアのようなそれは何度も何度も現れ、船体の状況はどんどん悪化していく。

 そして画面に現れる「2ヶ月 衝突から」。

 プレイヤーはこの船が衝突する前、そして衝突した後の記録をバラバラに追体験していくことになる。衝突後、食料や水が尽きるのを恐れた船員たちは運送中の荷物に手をつけるが、その中身は大量の「マウスウォッシュ」だった。生活必需品でもない、しかも糖分が多くて洗浄に適さない粗悪品を運んでいたことに気付く。そこから船員たちはゆっくりと終わりへと向かっていく。
 船内で全てが終わるまでを体験していくのは頭が混乱する。壁や床が保護用の泡で包まれた壊滅的な船内を探索したと思えば、綺麗に整えられた船内へ飛ばされたり更に最悪な状態の船内に飛ばされたりするからだ。今はどの日付にいるのか、何の出来事の前か後かがわからないまま進めなければいけない。
 どうやらプレイヤーが操作するキャラクターは「ジミー」というらしい。ジミーとなり船内で「やるべきこと」をしていると、すぐにおかしいことに気付く。画面いっぱいに現れる文字だ。一瞬しか現れないそれは読み取れなくてもこちら側に不安や異常を訴えてくる。あれ、何か悪いことをした?と思って瞬きをすると普通の光景へと戻っていく。幽霊も怪異もいないのにずっと闇に手を入れているように思える。

 このゲームで一番有名であろう包帯が巻かれた男は「カーリー」だ。その船の船長で、他の船員たちの話からこのカーリーが船体を故意に天体にぶつけたらしい。何故ぶつけたのか、何故他の船員たちを道連れにしたのかがわからないままカーリーは話せなくなってしまった。
 看護師の「アーニャ」はこのカーリーに薬を飲ませることが難しいらしくよくジミーにお願いをしてくる。全身の痛みからかカーリーは呻き声を上げるので鎮痛剤を飲ませなければいけない。しかしカーリーの口は自分で開けられず、嚥下もできない状態なので口を開かせて喉奥まで薬を突っ込む必要がある。その瞬間は描写こそされないが、苦しそうな声や吐き戻そうとする息が暗い画面から聞こえてしまう。これが何度も繰り返されるのだ。
 ジミーは途中、アーニャのお願いに怒鳴ってしまうことがある。アーニャはその対応を見て慌てて自分でやると言うが、ジミーはアーニャから薬を奪って「良い、俺がやる。」とまた薬を飲ませにいく。
 船内がぐちゃぐちゃになっていくのを感じる。エンジニアの「スウォンジー」や「ダイスケ」にも亀裂が走る。スウォンジーはマウスウォッシュをガブガブと飲んで酔っ払い、ダイスケも指示を受けたらそのままこなす"言いなり"になっていく。
 それをジミーは止めようとしている。止めようとしていることだけはわかる。ジミーは常に船内を正常にしようとしている。恐らく。その場その場で良いとされる選択は取れている。それが最悪への道の一歩目なだけで。
 ある日、アーニャが医療室に鍵をかけて閉じこもってしまったのを見て、断線から火花が飛び散る通気口からダイスケを医療室に向かわせる。そのために通気口がある部屋に入れさせないスウォンジーをカクテルもどきで気絶させる。この手順はどうすれば直せたのだろうか。
 そもそもアーニャが閉じこもらないような環境から?カーリーへの介護の負担を減らすことから?スウォンジーのマウスウォッシュがぶ飲みを止めるとこから?ダイスケに別の仕事をしてもらう?船体がもう少し良い状態だったら?正常な船体を天体にぶつけたのは?「責任を果たせ」。
 この繰り返しでゲームが勝手に進んでいく。プレイヤーはずっとジミーと同じでその場その場でできることをやっているだけなのに何故か良い方向に向かっていかない。どうすればいいのかわからないまま、ゲームはエンディングになっていく。プレイヤーも知らなかったジミーのことがわかっていく。そして、自分はこんな奴のやることを後押ししていたのだとわかり、ゾッとする。船員たちだってそうなんだろう。しかし自分がプレイしたせいでこの惨状になっている。プレイヤーはジミーだけを責められないのだ。何故なら、実行したのは自分だから。「責任を果たせ」。そうです。責任を果たすために、このゲームをクリアしなければいけない。そして、最悪なエンディングを見るんだ。「責任を果たせ」はそれを示しているようにも思えてしまう。

 マウスウォッシュはあくまで補助的な商品だ。歯磨きの効果を上げるための商品で、マウスウォッシュ自体にも書かれている通りこの商品だけを使用するのは控えた方がいい。
 しかし、歯磨きが面倒くさいからマウスウォッシュで済ませてしまうことはある。歯磨きする時間がないからマウスウォッシュでいいや。とりあえずマウスウォッシュをしておこう。そんな怠惰が積み重なって、虫歯や歯槽膿漏の予防には不適切な対応ばかりになってしまう。
 いくらマウスウォッシュで口を濯いでも適切とは言えない。それは最適な対応ではない。いつの間にか取り返しがつかないところまで悪化してしまうかもしれない。どうしようと頭を悩ませた時には遅い。まさに、このゲームだ。

 マウスウォッシュで口を濯ぐ。爽やかな風味とサッパリした感覚が口に残る。歯磨きをしなければこの商品の良さを100%受け取れないとわかっていても、これだけで"ちゃんとしている"気がした。

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